令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
韓国語発音改善講座5
5. パッチム ㄴ, ㅁ, ㅇの発音とその改善法
韓国語の発音のうち,日本語話者の学習者にとっての2大難関のうちの一つがこれだと思われます。東京外語大の某先生をして「諦めた」といわせしめたこれらの区別,どうしたら原音に近づけることができるのでしょうか?
まず,これらの発音を我々がどう習ったのかを再確認します。普通に習った人なら,
ㄴ は上歯の裏の付根辺り(以降「歯の裏」と記述)に舌がつく音。
ㅁ は唇を閉じる音。
ㅇ は喉元が閉じる音。
と習い,そのとおり理解していると思います。これらの説明は確かに正しい説明でして,私はこれを否定するつもりは全くありません。しかしこの説明で日本語話者がこれらの発音をマスターできるはずもないのです。ある朝和辞典の発音解説のページには,ㄴは「アンタ」の「ン」,ㅁは「アンマ」の「ン」,ㅇは「アンカ」の「ン」であると説明しています。なるほど「アンタ」というときは「タ」が後に続くせいで「ン」というときには上歯の裏の付根辺りに舌がつくし,「アンマ」というときには唇が閉じるし,「アンカ」というときには喉元が閉じます。が,この説明には二つの問題点があります。
一つは,たわいもないことです。このカタカナを用いた「ン」の表記ですが,日本語話者の場合,これらのどの「ン」も同じものだと思っているのが普通ですから,耳がよっぽどいい人か,言語学を学んだ人でない限り「どれもこれも同じ「ン」じゃねえのか?」ということになってしまいます。違いを説明したはずなのに,同じ音と思われてしまっては説明になりません。
しかしもっと重要な問題は,これらの説明のうち ㄴと「アンタ」の「ン」, ㅁと「アンマ」の「ン」についてはそれぞれ違う音声である,という点なのです。早い話がこれらの説明は間違いなのです。実際の所,多くの日本語話者の「アンタ」の「ン」は,韓国人には ㅇと ㄴの混じったものに聞こえるのです。また「アンマ」の「ン」は ㅇと ㅁの合成です。何故でしょう?
(説明を読むのが面倒な方は改善法を述べた最終段落にとんでください。)
そもそも日本語の「ン」はどういう音なのでしょう? これは「(舌がどこに付こうが)鼻が鳴りさえすればいい」音でした。ですから「アンタ」のように後ろに「タ」がくれば,次の「タ」をスムースに発音できるように,「ン」を発音する段階で舌が無意識に歯の裏について,いわば次の「タ」のために準備するわけです。なるほど舌が歯の裏に付くという点ではは「アンタ」の「ン」は確かに ㄴの音の条件を満たしているわけです。
ところが,です。この場合舌が歯の裏に付くのは,次の発音をスムースにするためだけですから,「ン」の発音の最初から付いても,あるいは途中から付いても一向に構わないのです。で,ここが問題なのですが,私がみる限り多くの日本語話者の場合,舌が歯の裏に付くのは「ン」の発音の途中からなのです。恐らくその理由は,「ン」と発声しはじめる瞬間に舌を歯の裏に付けるというのは結構負担が大きい仕事であり,日本語の場合そうしたからといって「ン」の発音の奇麗さにはなんら影響がない以上,その様な負担のかかる発声をする必要もないし,またするわけもないからと思われます。一方韓国語のㄴは,初めから舌を歯の裏につけて出す音なので,そこに「アンタ」の「ン」とのギャップが生じるわけです。
では,我々が「アンタ」の「ン」を発音するとき,舌が歯の裏に付くまではどういう音を出しているのでしょうか? 試してみるとわかりますが,舌が歯の裏に付くまでは,他の発声器官がどこも付かずに鼻が鳴る,いわゆる「鼻母音」の音になっています。さて,韓国語にはないはずの鼻母音を韓国語話者はどう聞き取るでしょうか?
実は鼻母音は通常ㅇと同一の音と認識されます。もちろん ㅇの正しい発音は,喉元の閉じる発音とされていますが,どうしたわけか例えば「잉어(鮎)」の 잉は,早く喋ると喉元が閉じずに鼻母音で発音されます。(この話を前出の外語大の某先生に伝えたところ,初めは「まさか」と言っていましたが,韓国語話者に確認したところ正しかった,とのことです。この現象も言語の「手抜き原則」がはたらいた例かもしれません。)
そういうわけで韓国語話者は,日本語話者の「アンタ」の「ン」を,初めの鼻母音を ㅇと認識し,後の舌が歯の裏に付いたところは ㄴと認識する,というわけです。尤もこれはゆっくり発音すればそうなるだろう,ということであって,実際には一瞬の間の出来事ですから,ま,そこまでは分析できないけれども「発音が変だ」という印象が残るわけです。同じ発音は「アンニョンハセヨ」にも含まれていますから,この発音がうまくないと,挨拶をしただけでボロが出る,という寸法です。
こうしてみると,冒頭に挙げた ㄴ, ㅁ, ㅇの区別は,まったく正しい主張ではあるものの,外国人学習者のことは考えていない,ネイティブの主張のごり押しと言えるのではないでしょうか?「ネイティブの言うことばかりを盲目的に信用しても上達しない」と私が主張するのは,このようなことが起きるからです。ネイティブはネイティブの見地からしか説明してくれません。
さらに言えば,「アンタ」の「ン」、「アンマ」の「ン」、「アンカ」の「ン」はそれぞれ違う音である、ということは全く正しいのですが,それを韓国語にあてはめて ㄴを「アンタ」の「ン」と説明してしまった例の辞書は,日本語の「ン」を,別の音素体系に持ち込んで分析してしまったということになりましょうか。
(ここから改善方法です)
そこでこれらの発音の改善法です。ㄴの発音が悪いと指摘された私は,まずはこれの改善から取り組みました。私の改善方法は以下の通りでした。
まず,「プサンに行きます」を意味する韓国語「부산에 갑니다」と口にします。そしてその中の「부산」は,「プサネ・カムニダ」から「エ・カムニダ」を取り除いたものですから,「プサネ・カムニダ」と言いかけて,「プサン」の ㄴパッチムのところで発音を切ってみるのです。「プサン」の ㄴを発音する時に舌が歯の裏に付くタイミングは,「プサネ」と言うときに「ネ」で舌が歯の裏に付くタイミングと同じなわけです。こうすると,ㄴパッチムは日本語の「ン」とは違って,舌が歯の裏にすばやく付いて出る音であり,舌が歯の裏につけると同時に鼻を鳴らす音(ここが日本語の「アンタ」の「ン」との大きな違い)であるとわかって頂けると思います。ㅁも同様に,「夜行きます」を意味する「밤에 갑니다」でやってみては如何でしょう? ㄴよりはずっと簡単だと思います。)