令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
カテゴリー「雑記」の記事
受験勉強法
2002年9月9日
大学受験コーナーに関連して,質問を頂いた。曰く「問題集をやってもほとんど頭に入らないので、何か効果的な方法論等ありましたら教えていただけませんでしょうか?」
問題集をやってもほとんど頭に入らないのであれば,受験勉強は無理だと思うのだが。
高校野球緒戦
2002年7月21日
小金井南0-4x国立
去年は観れなかった高校野球。国立はシードされていて3回戦に初登場。立ち上がり数回は小金井南にランナーをたびたび許すも,好守にも助けられて何とか無失点。逆に国立は3回裏から敵失にも恵まれ連続得点。今年の国立のピッチャーは特に強い印象はないものの,回を重ねても安定した投球を見せた。三塁手の守備もすばらしい。また7回表の小金井南のセンター返しで,二塁走者をホームで刺したのは圧巻だった。4回戦が早大学院,5回戦がおそらく桜美林。今日の第2試合に登場した桜美林を見たところかなり荷が重いかもしれないが,例によって「夢をもう一度」だ。
よど号犯の望郷
2002年7月16日
今よど号ハイジャック犯人達が日本に帰って来て変わることといったら,『指名手配犯』の顔写真に「逮捕・ご協力ありがとうございました」のシールがペタペタと張られることだけだろう。
西荻
2002年2月20日
仕事を終えて夕食を取る時間が多少あった。久しぶりに小学生時代を送った街である西荻で下りてみた。西荻はたいした街である。駅名が「西荻」ではなく「西荻窪」であることに強い違和感を感じさせるほど,「西荻」という名前が昔から浸透している。南浦和や西国分寺ではこうは行くまい。
映画「スタンバイミー」の少年達は一冒険終えていつもの街に帰ってきたとき,街が小さく見えたようだったが,それと同じ感覚を味わうことが出来る。いつもメンコや石跳びをして遊んだ道路はとても細いし,いつも漫画の立ち読みをしていた本屋も人がちょっと溜まればすぐ営業妨害になるほど狭かった。当時住んでいたマンションの天井は低く,ロビーの共用スペースはどうやって遊んでいたのか不思議になるほど狭かった。
夕食は「コタン」という北海道ラーメン屋で摂った。私がまだ小さい頃にオープンした店で,はじめの頃は店内は満員であったが,今は普通である。どんぶりも装飾品もほとんど変わっていない上に,本棚にはKCコミックスの巨人の星(昭和44年版)が入っていた。
前は750(ナナハン)ライダーも置いてあったはずなんだけどな…
公理「悲しみの数=恋愛の数-1」
2001年7月4日
例外もあるだろうが、人は一般に一人の相手と結婚するため、表題のような公理が成立する。従って「悲しみの数」を減らすには「恋愛の数」を減らすしかない。