徳島脳性麻痺訴訟 ・控訴審判決文

(大阪高裁判決平成17年9月13日)

注: 一部氏名を匿名にした関係で、原文のうち、不要となった『以下「控訴人○○」という。』等の記述を削除しました。(2007-8-22 18:38)


損害賠償請求控訴事件
大阪高等裁判所平成一五年(ネ)第一〇四四号
平成17年9月13日民事第四部判決
控訴人 A
同法定代理人親権者父 B
同母 C
控訴人 B ほか一名
上記三名訴訟代理人弁護士 阪井基二
同 阪井千鶴子
被控訴人 徳島県
同代表者徳島県病院事業管理者 D
同訴訟代理人弁護士 田中達也
同 田中浩三


       主   文

一 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は、控訴人Aに対し、一億〇六二四万四九六九円及びこれに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人は、控訴人B及び同Cに対し、各三三〇万円及びこれらに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3)控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決主文一項(1)及び(2)は仮に執行することができる。


       事実及び理由

第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
(1)原判決を取り消す。
(2)主位的請求
ア 被控訴人は、控訴人Aに対し、一億四二三八万一五五七円及びこれに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
イ 被控訴人は、控訴人B及び同Cに対し、各六五〇万円及びこれらに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3)予備的請求
 附帯請求の起算日を平成九年二月八日とするほかは、いずれも主位的請求と同じ。
(4)訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(5)仮執行宣言
二 被控訴人
(1)本件各控訴をいずれも棄却する。
(2)控訴費用は控訴人らの負担とする。
(3)担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二 事案の概要
一 本件は、控訴人らが、控訴人B及び同Cの子である同Aの出生に際し、被控訴人が設置、運営する徳島県立中央病院の医師らの医療行為に不適切な点があったため、控訴人Aに脳障害が残ったとして、主位的には不法行為に基づき、予備的には診療契約の債務不履行に基づき、それにより生じた損害の賠償を求めた事案である。
 原審は、徳島県立中央病院の医師らに控訴人ら主張の各過失は認められず、その余の点について検討するまでもなく控訴人らの請求は理由がないとして、その請求をいずれも棄却した。そこで、これを不服として、控訴人らが本件控訴を提起した。

二 前提となる事実(当事者間に争いがない事実並びに後に掲記する証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)

(1)当事者
ア 控訴人Aは、控訴人Bを父とし、控訴人Cを母として、平成四年七月四日に、第三子として誕生した。
イ 被控訴人は、徳島県立中央病院(以下「被控訴人病院」という。)を設置、運営し、産婦人科のE医師や小児科のF医師など同病院に勤務する医師を履行補助者として診療行為を行っていた。

(2)診療契約の締結
 控訴人Cの入院に際し、控訴人B及び同Cは、被控訴人病院を通じて、被控訴人との間で、控訴人Cの出産について、適切な診療、分娩介助及び施術をする旨の診療契約を締結するとともに、控訴人Aの出生介助及び出生後に控訴人Aに適切な診療をする旨の診療契約を締結した。

(3)事実経過等
ア 控訴人Cは、平成四年一月七日(以下、日時の記載は、特に断りのない限り平成四年のことである。)、月経が止まったとの理由で、被控訴人病院産婦人科を受診し、在胎週数六週四日(以下、「~週」というのは在胎週数を意味する。)と診断された。
イ 控訴人Cは、一月二一日から六月九日までの間、被控訴人病院において、おおむね一か月ごとにE医師による検診を受けていた。E医師は、四月一四日の検診のころから、控訴人Cにつき、前置胎盤を疑うようになったが、五月一二日及び六月九日に控訴人Cに対して行った超音波検査により前置胎盤であるとの確定診断を下し、六月九日、控訴人Cに入院を勧めた。そこで控訴人Cは、六月一二日、二八週三日で被控訴人病院に入院した。
ウ 七月四日午前六時四〇分ころ、控訴人Cがトイレに行った際に性器出血が見られた(なお、これ以降の出血の態様や量については争いがある。)。
 E医師は、同日午前八時二五分ころに控訴人Cを診察した上、控訴人Cに対し、帝王切開術による分娩を行うこととした。
 控訴人Cは、同日午前一〇時五分ころ、被控訴人病院三階の手術室(以下、単に「手術室」という。)に搬入され、全身麻酔を施された。
 E医師は、控訴人Cに対し、手術室において、同日午前一〇時一五分から帝王切開術を開始し、同日午前一〇時一八分に控訴人Aを娩出した。出血量は、羊水込みで約七五〇mlであった。
 控訴人Aは、三一週四日であり、出生体重は一七一六gと低出生体重児であった。控訴人Aは、出生時の啼泣がカルテ上(±)とされ、全身色不良で、筋緊張も弱く、一分後のアプガースコアは七点であった。
エ 控訴人Aは、自発呼吸はあるものの呼吸がやや弱いため、手術室内でアンビューバッグによる酸素投与により呼吸補助を受け、その後、同所から酸素投与しながら保育器に入れられて、G助産婦によってエレベーターを利用して、被控訴人病院四階小児病棟の未熟児室(以下、単に「未熟児室」という。)に搬送された(以下「本件搬送」という。なお、未熟児室に搬入された時刻については争いがある。)。手術室において分娩に立ち会っていた小児科のF医師は、三階の手術室を出てから四階の未熟児室まで先行し、控訴人Aを待ち受けた。
 本件搬送に際し、エレベーターを待ち未熟児室に至るまでの間に、控訴人Aは呼吸不全を起こし皮膚色が悪化し、強度のチアノーゼを呈した。F医師は、未熟児室への搬入後、控訴人Aに対し、アンビューバッグによる酸素投与を行い、その後、気管内挿管を行ってレスピレータ装着等の処置を施した。その後、レントゲン所見上、肺未熟の疑いにより、同日午前一一時二五分ころに至って人工サーファクタントを投与した。投与中から経皮酸素モニターでの酸素分圧等の改善がみられ、レスピレータの酸素投与条件減少の方向へ向かった。
オ 翌七月五日には、控訴人Aの右肺に気胸が認められたが、八日には消退した。
カ 八月一三日、控訴人Aは、被控訴人病院を退院した。
キ 控訴人Aは、一一月一八日の四か月検診の際に、被控訴人病院で発達の遅れを指摘された。
 その後、控訴人Aは、遅くとも平成六年七月七日までには、脳性麻痺と診断され、肢体不自由(両上肢機能障害二級、両下肢機能障害二級)により、身体障害一級との認定を受けた。
ク 控訴人らは、被控訴人病院の措置の過失を疑い、平成七年九月カルテ等について証拠保全を申し立て、同月二二日証拠保全がなされた。その後、控訴人らは、平成一〇年二月二六日、本件訴えを提起した。被控訴人は、控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求に関し、平成一一年一〇月一四日の原審第八回弁論準備手続期日において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

三 争点

(1)産婦人科E医師の帝王切開術の実施時期決定等に係る過失
(2)小児科F医師の呼吸管理に関する過失
(3)説明義務違反
ア 帝王切開術の実施決定時のE医師の説明義務違反
イ 脳性麻痺との確定診断後のF医師の説明義務違反
(4)過失と脳性麻痺との因果関係
(5)控訴人らの損害額
(6)各要因の現在の症状への寄与度の考慮
(7)消滅時効(予備的抗弁)

四 争点に対する当事者の主張

(1)産婦人科E医師の帝王切開術の実施時期決定等に係る過失

(控訴人ら)
ア 前置胎盤が見られる場合に、分娩時期を決定するに当たっては、子宮出血の量、持続、妊娠持続期間、胎児生活力、前置胎盤の程度、胎位・胎勢、下降度、経妊、経産回数、挙児の熱望度、頸管の状態、分娩開始の有無など多くの要因を総合して慎重に判定しなければならない。
 なお、三一週の胎児の肺機能が未熟であることは、医学上明らかであり、この時期は胎児の肺の成熟にとって重要な時期なのであるから、担当の医師としては、可能な限り長く、子宮内に胎児をとどめ、肺機能が成熟するのを待つべきである。実際にも、前置胎盤においては、少量の出血を繰り返しながら、三六週まで在胎期間を延ばすことが広く行われている。
イ 本件では、E医師は、経口投与していたウテメリンを点滴投与に切り替えた上で、控訴人Cに対し、絶対安静を指示し、止血を試みるとともに、経時的に外出血量を計測しつつ経過観察し、少しでも長く胎児が発育するのを待ち、具体的に分娩時期を決定するに当たっても、胎児の状態、母胎の状態、出血量等から慎重に判断すべき義務があった。

 とりわけ、小児科的には、胎児は、三二週からサーファクタントが分泌され、肺機能が急速に成熟するところ、控訴人Aは、あと二、三日で三二週となる時期にあったのであり、あと少し胎内保存的治療を施せば、肺機能の未熟性は大きく変わり、出生後の呼吸不全が起こる確率は異なったはずであるし、出生後に同じく軽度の呼吸不全が起こったとしても、予後は全く異なったはずである。また、上記のようにして胎出娩出までの時間を稼ぐ間に、副腎皮質ホルモンであるベタメタゾンやデキサメタゾンを投与するなどして、胎児の肺サーファクタントの産生を誘導した後に帝王切開することにより、新生児呼吸窮迫症候群(RDS)の発生を予防するべきであった。この方法は、平成四年当時既に一般的に行われていた。
 ところが、E医師は、上記義務に違反し、控訴人Cがいまだ大出血も来しておらず、大出血の予兆も少なくとも出血量からはこれを窺い知ることができない段階で、しかも、診察後も自力歩行で帰室しても何ら問題がなく、子宮収縮なども見られない状況下で、出血が止まるかどうか様子を見るというようなことを全くしないままに、単に、当日が土曜日であり、その午後以降は手術スタッフがそろいにくいことを手術決定の理由として、直ちに帝王切開術を行った。これは、慎重に決定すべき分娩時期を安易に決定したものというべきである。ちなみに、E医師は、出血の状況が噴出型の出血であったかのようにいうが、これを裏付ける記録はカルテには全くない。かえって、カルテには「帯下血性増量」とあるだけで、生理パッドにも出血はなかったのである。
 したがって、E医師には、分娩時期の決定につき、判断を誤った過失がある。また、胎内保存的治療を行い待期する間に、上記のように副腎皮質ホルモンの母胎投与を行い肺サーファクタントの産生を促すべきところ、これを怠った過失もある。

(被控訴人)
ア 前置胎盤では、通常、二五週以降、特に二八週以降に陣痛を伴わない子宮出血を来すのが特徴であり、初回は警告出血と呼ばれる出血から始まることが多いが、初回から大出血を来すこともある。一度強出血を起こすと、母体は出血性ショック、胎児は胎児仮死、胎児死亡となることがあるため、警告出血とは思えない出血があれば、初回の出血であっても、母児の救命を図る目的で緊急帝王切開術が適応となる。特に母体が出血性ショックで重篤な状態になる前に児の娩出を行うことが必要である。
 一方、控訴人らが主張するように、できる限り胎内保存的治療をすべきであるとは限らず、直ちに娩出した方が待期的管理法に比して呼吸窮迫症候群(RDS)、貧血、感染、高ビリルビン血症、低血糖症、低カルシウム血症等の罹患率が圧倒的に低いとの統計もある。
 したがって、未熟児の救命が見込める病院において、前置胎盤で出血が制御困難であると判断された場合に、やや早期に帝王切開を施行しても過失があるとはいえず、特に、全前置胎盤で性器出血が起きた場合にそれが警告出血にとどまると予測することは容易ではなく、近い将来に大量出血が起きることを想定して対処することは、医師として当然なすべき措置である。
 被控訴人病院では、前置胎盤の管理の際、癒着胎盤のような重大な合併症を起こす危険性があることも考慮し、早期診断を出血、早産、胎児仮死の予防に重点をおき、子宮収縮抑制剤を用いて胎児の安定を保つよう配慮するとともに、症状が出た場合は、母体の救命はもちろん、母体の急性貧血や血圧低下等による胎児仮死が発生しないように心掛けて治療を行っている。
 帝王切開実施時期決定の判断は、出血量だけではなく、出血の仕方、前置胎盤の程度、頸管の状態など多くの要因による総合判定によりなされるものであり、医師の専門的見地からの裁量が認められるべきものである。
イ E医師は、控訴人Cを入院させめて安静を保たせ、かつ、胎児を安定させて出血を予防するため、六月二九日にウテメリン(子宮収縮抑制剤)を経口投与して出血を抑制する措置をとり、控訴人Cにつき、子宮収縮を認めていなかったにもかかわらず、七月四日にかなりの出血があったものであり、かつ、その止血は容易ではなかった。
 本件において、E医師は、控訴人Cにつき、子宮口未開大で、かなりの新鮮血の流出を認め、このまま推移すると著明な出血を伴い、母児共に危険であると判断し、胎児につき一五〇〇g以上の体重が見込まれる状況下で、帝王切開術による娩出を試みたもので、娩出時期の判断につき、E医師の判断は相当であり、この点につき、過失はない。
ウ E医師が娩出時期を判断するにつき、当日が土曜日であったという事情が全く考慮されなかったわけではないが、本件のような重要な手術を行う場合、母児のリスクをできるだけ軽減するためにも、麻酔科や、小児科専門医の協力の下、万全の態勢で帝王切開術を行うべきであり、そうした態勢は土曜日の午前中の方が午後や翌日よりも整いやすかったのであるから、娩出時期を判断するにつき、この点を考慮したことは、何ら適切を欠くものではない。
エ なお、サーファクタント分泌の点については、三二週というのはあくまで多数の集団の中での平均値であり、個々の胎児によって異なるものであること、実際には、二、三日で肺機能の未熟性が控訴人らのいうように大きく変わったかどうかは不明であること、ウテメリン投与の状況の下、出血を来したにもかかわらず、二、三日待つことにより母児の危険性が増加する可能性が存することを考慮すれば、E医師の判断が不適切というべき事情は存しない。また、副腎皮質ホルモンであるベタメタゾン等を用いたステロイド療法は、平成六年にアメリカで国立衛生研究所が勧告を出した療法であり、平成四年当時は一般的でなかった上、効果も疑問視されており、胎児死亡の副作用の報告もある。ベタメタゾン、デキサメタゾンの添付文書にも胎児肺成熟を促す目的での投与法は記載されていないし、保険適用もない。

(2)小児科F医師の呼吸管理に関する過失

(控訴人ら)
ア 小児科医師は、出生後直ちに気管内挿管をして、肺サーファクタントを投与すべきであった。控訴人Aは、在胎三一週四日の未熟児であるから、肺サーファクタント産生能は未熟であり、かつ、帝王切開で娩出した未熟児は、経膣分娩で出生した未熟児よりさらに産生能が著名に低下しているのが通常であるから、呼吸窮迫症候群の発生が十分予想できた。したがって、小児科医には出生後直ちに気管内挿管をして、人工サーファクタントを投与すべき義務があるところ、F医師はこれを怠った。なお、G助産婦がF医師が二回挿管を試みたことを述べたところ、F医師は、気管内挿管をしようとしてアンビューバッグによる酸素投与をしたことにより呼吸状態が改善したのでその必要が無くなり挿管には至らなかったように主張を変えたが、信用性はない。
イ 控訴人Aが未熟児として生まれ、肺が未成熟で呼吸状態が悪化することを予測できたこと、控訴人Aが、出生当時、啼泣がなく(カルテ上の記載は±とされている。)軽い蘇生を必要としていたこと、全身麻酔による影響を受けている可能性があること、手術室と未熟児室が離れている上に、使用するエレベーターが低速であり、時には数分を要することがあり得ること、本件搬送に用いた簡易クベースは搬送中に呼吸不全が起こっても対処しにくいことなどを考慮すると、搬送中に呼吸悪化が予測される場合には、手術室において、気管内挿管をしてから搬送すべきであった。しかしながら、F医師は、本件搬送に際し、あらかじめ手術室において、気管内挿管の措置をとらなかった。
 さらに、控訴人Aは肺が未熟な状態で出生しており、肺サーファクタント産生能が著明に低下していることが十分予測されるので、F医師は、気管内挿管後直ちに人工サーファクタントを気管内に注入すべきであった。
ウ また、仮に、気管内挿管を行わないとしても、控訴人Aが、出生当時、軽い蘇生を必要としていたこと、三二週未満の未熟児として生まれ、呼吸状態の悪化を十分予測できたこと、搬送時間として数分を要することを考慮すると、F医師としては、本件搬送の途中で控訴人Aが呼吸不全状態に陥ることを防止するため、蘇生による自発呼吸が一時的なものでなく確立し、安定していることを数分間の経過観察により確認した上で本件搬送を行うべきであった。
 しかし,F医師は、特に、自発呼吸の確立の確認を行わないまま、本件搬送を行った。本件において、出生時刻と未熟児室の入室時刻との間に一二分しかなく、しかも本件搬送自体に数分以上要していることや、出生後蘇生措置をしていた時間もあることからすれば、自発呼吸の確立を確認するほどの時間はなかったといえることからすれば、F医師がこうした確認を行っていないことは明らかである。 
エ 控訴人Aが本件搬送途中においても呼吸不全を起こす可能性があり、小児科医でなければ対処し得ない場合があることからすると、本件搬送は小児科医がその責任において行うべきであり、F医師は、本件搬送に終始付き添い、かつ、アンビューバッグをすぐに使えるように準備し携行しておくべきであった。
 しかし、本件搬送を行ったのは、新生児の処置ができない助産婦であって、F医師はこれに付き添わず、かつ、アンビューバッグの準備もしなかった。
 F医師は、未熟児室の準備のために先行したというが、本件では、控訴人Aが出生当時一七〇〇g余りの未熟児であり、被控訴人病院には、外来を担当している二人の医師以外にも、病棟を回診していた医師がいたのであるから、手術室から緊急連絡を入れて、未熟児室への待機を求めることも可能であった。そうすることにより、F医師自らが、控訴人Aの搬送に最後まで付添うことができ、途中で起こった呼吸不全についても、より迅速に対処し、未熟児室で待機していた他の医師とスムーズにバトンタッチすることにより、呼吸不全状態を可能な限り最小限度に押さえることができたにもかかわらず、被控訴人病院においてこうした連携はとられなかった。
オ 手術室で、アンビューバッグを使用して蘇生を施した後に、控訴人Aが、再び呼吸不全を起こしていること、このときの呼吸不全の原因が、肺の未成熟にあったことを考慮すると、未熟児室入室後においては、経過観察ではなく、直ちに気管内挿管を行うとともに、速やかに人工サーファクタントの投与をすべきであった。
 しかるに、F医師は、未熟児室入室後も正確性に欠ける心拍計測をしたのみで、安易にその計測値を根拠として、気管内挿管を直ちには行わず、五分間もマスクアンドバギングにより酸素を送りつつ、漫然とした経過観察しか行わず、低酸素状態を長引かせた。未熟児室入室時には陥没呼吸(+)で、自発呼吸(−)だったのであるから、F医師はまず呼吸窮迫症候群を疑うべきであり、取るべき措置としては、気管内挿管を直ちに行い、すぐに人工サーファクタントを投与すべきであった。しかし、実際にサーファクタントが投与されたのは、未熟児室入室後一時間もたってのことであった。
カ さらに、F医師は、控訴人Aに生じた呼吸不全を治療するために気管内挿管をし、強制換気を行う際、控訴人Aに気胸が生じないように最善の注意を払うべき義務があったにもかかわらず、それを怠り、気胸及びそれに伴うエアリークを生じさせた。

(被控訴人)
ア 本件において、控訴人Aは、出生後、アンビューバッグによる酸素投与と呼吸の補助により、一分後には、啼泣、筋緊張、四肢の運動等もよくなり、心拍数も一〇〇を超えていたこと、アプガールスコアー(アプガースコア)は七点で、その後さらに改善が見られたこと、気管内挿管による人工呼吸には、合併症もあり、必ずしもプラスになるとは限らないことなどから、F医師は気管内挿管を見合わせ、保育器内で酸素投与を行いながら、未熟児室に搬送したものである。同処置は、当時の臨床現場の状況からして、相当性の範囲を逸脱しているとは到底いえない。
 人工サーファクタントの投与方法、適応、副作用等を記載した添付文書には、RDSの「治療」剤と記載されており、適応はRDSであり、その用法も「生後八時間以内が望ましい」と記載されているのであって、サーファクタントの予防的投与が義務であるとはいえない。また、F医師は、七月四日午前一一時二五分にはこれを投与しており、用法も相当である。
イ F医師が自発呼吸の確立の確認を行った上で本件搬送を行うべきであったとの点については、上記のとおり、F医師は、アンビューバッグにて酸素投与して呼吸補助をするとともに、自発呼吸の改善など新生児の状態が良くなったことを確認した上で、より設備の整った未熟児室に酸素投与しつつ搬送したのであるから、この点に過失はない。
ウ 未熟児室への本件搬送に当たっては、四階小児病棟まで、保育器で酸素供給しながら助産婦が付き添った。F医師は、三階から四階への搬送のためエレベーターの前まで付き添ったが、同所において、保育器内の控訴人Aの皮膚色、呼吸等に特に変化はなかったため、未熟児室において清潔ガウンの着用やブラシでの手洗い、物品のチェックや必要器材の準備等を行い、その後の処置をスムーズに行うため、急ぎ階段を走って上がり、未熟児室へ先回りして受入れ準備をし、控訴人Aが入室した際には、速やかに対応した。控訴人Aが蘇生措置によりアプガースコア九点前後に改善したために搬送したものであること、酸素投与された通常の保育器で搬送しており、助産婦は三台あるエレベーターのうちで最初に扉が開いたものに乗っていること、この間、控訴人Aに酸素マスクを近づけるなどの基本的な措置をとっていること等も併せ考えれば、本件搬送につき、F医師に過失はない。
エ 未熟児室搬入時点での控訴人Aの状態は、心肺停止などの緊急を要する状態ではなかったが、すぐにアンビューバッグを用いて人工換気・酸素投与をしたところ、皮膚色、呼吸状態に変化が見られたため、気管内挿管の適応と判断し、人工呼吸器を装着するなどの呼吸管理を行い最善を尽くしたのであり、F医師には、何らの過失もない。
 未熟児室における強制換気等の手技に過失があるとの控訴人らの主張は争う。
オ なお、それぞれの医師はそれぞれの患者を診ているため、未熟児室に別の医師を待機させることは通常しておらず、仮に、控訴人Aが未熟児室に医師を待機させなければならないような状況であったのであれば、そもそも、手術室に他の医師を呼んで応援させたはずである。
 出生児の体重が一七〇〇g以上の場合には、必ず気管内挿管をするとは限らず、その場合には手術室に医師を呼ばないのが通常である。

(3)説明義務違反

ア 帝王切開術の実施決定時のE医師の説明義務違反

(控訴人ら)
 E医師は、三一週四日の時点での帝王切開術の決定の同意を求めるに当たっては、控訴人B及び同Cに対して、肺機能が未熟であって、呼吸不全を起こす可能性があり、また、未熟児であれば、その呼吸不全が不可逆的に脳にダメージを与え、脳性麻痺となる可能性があること、なるべく胎内保存的な治療を施し、少しでも肺の機能が成熟する方が望ましいこと、胎内保存的な治療が不可能ないし限界に来ていることなどの事情を、説明すべき義務があった。
 本件では、控訴人C及び同Bは、帝王切開術の実施決定時においては、E医師から「今日は土曜日で、午前中だったらスタッフが揃う」ということで以上の説明は受けておらず、同医師には説明義務違反が存する。

(被控訴人)
 本件においては、上記のとおり、二、三日で肺機能の未熟性に大きな違いはないと考えられ、むしろ、待つことによるリスクの方が大きいのであるから、控訴人らの主張は前提を欠いている。
 また、E医師は、控訴人Cに対し、外来で当初前置胎盤であるとの診断を行った時点から、前置胎盤の内容、危険性について説明をし、同Bに対しても、同Cの入院時に同様の説明をした上、帝王切開術を行うについても、事前にその必要性、内容、危険性について説明し、理解を得た。その上で、控訴人C及び同 Bから、手術、麻酔、検査承諾書に署名捺印を得た。
 上記のとおり、手術の実施が仮に一日ないし二日後になったとしても、胎児の肺の成熟度が変わることはほとんどないばかりか、そもそも、当時のE医師の判断としては、控訴人Cに対しそれまで行ってきた胎内保存的治療をさらに続けることは適当でなく、母胎の状況(母胎が危険になれば胎児も危険である。)からして早急な帝王切開術の実施を選択せざるを得なくなったからこそ、帝王切開の必要性を説明して同意を得て手術を行ったものである。
 よって、E医師に説明義務違反は存しない。

イ 脳性麻痺と確定診断後のF医師の説明義務違反

(控訴人ら)
 F医師は、平成五年一月には控訴人Aが脳性麻痺であると確定診断を下していたのであるから、その旨を控訴人らに伝え、控訴人Aが最善の治療を受ける機会を奪われることのないように配慮すべき義務を有していたにもかかわらず、かかる説明をしなかった。
(被控訴人)
 脳性麻痺は、その症状が、生後五か月ないし六か月で固定するものではなく、むしろ、その時期ころからはっきりし始め、二歳までに発現するとされているから、生後五か月ないし六か月での確定診断は、その可能性の域を出ず、重症度についても、その後に判明してくるものである。
 また、脳性麻痺の告知時期についても議論があり、親が十分に受入れられない早期の段階から脳性麻痺であることを告知する医師はむしろ少なく、一般には、徐々にその病状を認識した上で告知した方が育児支援がスムーズに運ぶと考える医師の方が多い。
 よって、F医師には説明義務違反はない。

(4)因果関係

(控訴人ら)
ア 脳性麻痺の原因は、先天性の中枢神経系の異常、感染症(子宮内又は出生後)、新生児溶血性疾患、酸素欠乏性脳障害、外傷性脳障害に分類することができるが、本件の場合、カルテ上の記載や血液検査の結果などから、先天性の中枢神経系の異常や感染症、新生児溶血性疾患、外傷性脳障害は原因とは考えられないので、控訴人Aの脳性麻痺の原因は酸素欠乏性脳障害である。
 酸素欠乏の原因には、妊娠中の酸素欠乏(胎盤機能不全や母胎の低酸素症)、出生時の酸素欠乏(胎盤機能不全、子宮・胎盤血流障害、母胎の低酸素症、臍帯血流障害(臍帯脱出・臍帯圧迫など)、胎児循環不全(胎児体部の圧迫))、分娩直後の酸素欠乏(肺機能不全による低酸素症)などがあるが、控訴人Aの場合は、母胎の低酸素症は見られなかったし、胎盤機能も不全であったという所見はなく、帝王切開による分娩記録には、分娩時に臍帯に関して異常があった旨の記載はなく、逆に、出生時及び本件搬送途中に呼吸不全状態を生じたから、分娩直後の呼吸不全によって酸素欠乏状態(低酸素状態)に陥ったものというべきである。
 ところで、酸素欠乏性脳障害の一種として、脳室周囲白質軟化症(PVL)があるが、控訴人Aの頭部画像所見等からすれば、控訴人Aが脳室周囲白質軟化症(PVL)に罹患したことが明らかであるところ、出生時と、未熟児室への搬入時に、控訴人Aが低酸素状態に陥ったこと、控訴人Aが気胸と呼吸窮迫症候群(RDS)に罹患したことはカルテ上明らかであるから、これらの一つ若しくは複数が、脳血流の低下をもたらした可能性を否定することはできない。さらに、F医師の養育医療意見書によれば、控訴人Aに強度のチアノーゼの持続があり、時々徐脈も見られたことが認められるが、これらは、低酸素状態と結びつくものであるのみならず、徐脈になると脳血流も低下し、脳室周囲白質軟化症(PVL)罹患の原因となる。また、呼吸窮迫症候群(RDS)に罹患していたことも争いなく、これが脳室周囲白質軟化症(PVL)罹患の原因となることも文献上明らかである。
 よって、控訴人Aは、未熟児として出生した後、新生児仮死、呼吸不全状態、呼吸窮迫症候群(RDS)、低経皮二酸化炭素分圧、徐脈、気胸といった多数の因子が関与して、低酸素性虚血性脳症に陥り、脳室周囲白質軟化症(PVL)に罹患した結果、脳性麻痺に至ったものである。
 そして、もし、手術室で気管内挿管を行って人工サーファクタントを投与していれば、控訴人Aに呼吸不全は起こらなかったし、自発呼吸が蘇生による一時的なものでないことを確認するために、もう少し観察を行っていれば、呼吸不全が起こったとしても、すぐそばに待機していた小児科医によって、直ちに適切な処置がとられ得た。
 このように、F医師が正しい呼吸管理を行っていれば、上記因子は取り除くことができ、低酸素状態や脳血流の低下を防ぎ得たのであるから、F医師の過失と控訴人Aの脳性麻痺との結果との間には相当因果関係が認められる。
 被控訴人は、控訴人Aの脳室周囲白質軟化症(PVL)の原因は未熟性が主因であるかのように主張する。仮にそうだとすれば、控訴人Aが未熟な状態で出生した原因は、E医師が手術適応がないにもかかわらず帝王切開術を行ったからであり、いずれにしても、被控訴人病院医師の過失によることは否定できない。
イ 控訴人B及び同Cは、E医師から、直ちに帝王切開を行う以外に、選択的に、輸血をしながら、胎内保存的治療を行うという方法があったこと、帝王切開すれば、三一週四日で未熟児で生まれるので、肺がまだ未成熟であり、新生児が呼吸不全を起こす可能性があること、そして、未熟児で生まれた場合のリスクや、呼吸不全を起こすと脳性麻痺になる可能性があること、胎内保存的治療を行えば、在胎週数が多くなるほど、生まれた後のリスクが低くなることについて説明を受けていれば、胎内保存的治療を試みることなく帝王切開術を選択することはなかった。したがって、E医師の説明義務違反と、控訴人Aが未熟児で生まれたが故に肺が未熟で、呼吸不全を起こし、その結果低酸素状態になり、脳室周囲白質軟化症(PVL)に罹患した事実との間には、相当因果関係がある。

(被控訴人)
ア 控訴人Aの脳性麻痺の原因は特定し得ず、脳室周囲白質軟化症(PVL)を原因とするかどうかについては不明である。
 控訴人Aは、七月四日午前一〇時一八分に娩出後、アプガールスコアー(アプガースコア)が七点であったこと、気道吸引、酸素投与、アンビューバッグによる人工呼吸により啼泣、体動、皮膚色改善が見られ、同日一〇時三〇分の未熟児室搬入直前まで、呼吸状態や心拍数は悪くなかったこと、そして、未熟児室搬入後は直ちに気管内挿管し、サーファクタントの投与により呼吸状態が改善していることなどからすれば、本件搬送中の短時間の呼吸微弱が本件脳性麻痺の原因であるとは考えにくく、むしろ、胎生期のものによる原因が考えられる。
 また、仮に、脳室周囲白質軟化症(PVL)が原因であるとすると、低酸素の影響というより未熟性が主因となると考えるべきである。
イ E医師の説明義務違反と控訴人Aの現在の症状との間に因果関係は認められない。

(5)控訴人らの損害額

(控訴人ら)
ア 控訴人Aの損害
(ア)後遺障害による逸失利益
 控訴人Aは、本件不法行為ないし債務不履行(以下「本件違法行為」という。)により脳性麻痺により労働能力を一〇〇%喪失しているので、就労可能年数を二二歳から六七歳までの四五年間とし、平成四年度の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者・新大卒二〇歳ないし二四歳の年収額三一九万八二〇〇円を基準とし、新ホフマン方式(〇歳の幼児の場合、一四・四四二)により中間利息を控除して計算すると、四六一八万八四〇四円となる。
(イ)看護費用
 控訴人Aは、本件違法行為による重度の障害により、その生涯にわたって、全面的な介護を要するところ、その介護費用としては、平均余命の七六年間(平成四年度簡易生命表による。小数点以下切捨て。)を通じ、一日平均五五〇〇円の費用を要するので、これを基礎として、新ホフマン方式により算出すると、六二一九万三一五三円となる。
(ウ)後遺障害慰謝料
 控訴人Aは、本件違法行為により重篤な後遺障害を負い、甚大な精神的苦痛を被ったが、これを慰謝するには、二四〇〇万円の支払をもって相当とする。
イ 控訴人B、同Cの損害
 控訴人B及び同Cは、本件違法行為により控訴人Aが重篤な後遺障害を負い、生命を侵害されたことに比肩するほどの精神的苦痛を受けたが、これを慰謝するには、それぞれ六〇〇万円の支払をもって相当とする。
ウ 弁護士費用
 本件違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、控訴人Aの分として、一〇〇〇万円、同B及び同Cの分として、各五〇万円が相当である。

(被控訴人)
 いずれも争う。中間利息の控除はライプニッツ方式によるべきである。

(6)現在の症状への寄与度

(被控訴人)
 控訴人Cはもともと胎児、新生児(及び母体)への危険をはらむ全前置胎盤であり、控訴人Aが未熟児で出生したのはこの全前置胎盤が背景、原因である。また、在胎三一週、一七一六グラムでの帝王切開による後遺症発症の確率は低く、PVL発症の原因、治療は現代の医学でもはっきり解明されていない。したがって、被控訴人の医療行為との因果関係が少なくとも明確であるとはいえない。控訴人Aの現在の症状に対する要因としては、このように、「控訴人側に内在する要因」「外部要因(不可抗力的なもの)」「被控訴人側の医療行為」があるので、それぞれの寄与度が適切に判断されるべきである。

(控訴人ら)
 上記主張は控訴審の最終段階で初めてなされたもので、時機に後れているから採用すべきでない。ちなみに、「控訴人側に内在する要因」など無いし、具体的な主張立証はなく、何を指すかも不明である。「外部要因」についても同様である。

(7)消滅時効(予備的抗弁)

(被控訴人)
 控訴人Aが出生した平成四年七月四日から起算しても、控訴人Aの脳性麻痺の症状が明らかになった時期から起算しても、既に三年以上が経過している。被控訴人は、不法行為に基づく損害賠償請求に関し、平成一一年一〇月一四日の第八回弁論準備手続期日において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(控訴人ら)
 本件のような医療事故においては、権利を行使し得る時とは、「医師の診療行為によって悪結果が発生し、それが医師の過失によって生じたことを患者が知ったとき」である。本件のように、脳性麻痺と思われる症状が出ていたとしても、脳性麻痺という確定的な診断を被控訴人が下さず、したがって、控訴人B、同 Cに対して不十分な情報提供しかしていない状況で、しかも、医療行為という極めて専門性が高く、一般人には理解し難い分野においては、医療行為の中身を知るためのカルテ入手を待たなくては、脳性麻痺が被控訴人の診療行為により罹患したものとは判断し得ない。したがって、このような状況では、控訴人らが証拠保全を行い、専門家の意見を得て、その結果初めて、被控訴人の履行補助者の過失によって控訴人Aが脳性麻痺に罹患したことを知ったというべきである。よって、控訴人らが被控訴人に対して責任を追及し得ると知った時点は、証拠保全決定に基づく検証が行われた日である平成七年九月二二日より後である。そして、本件訴訟の提起は、平成一〇年二月二六日であるから、控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求権につき、いまだ消滅時効は完成していない。

第三 当裁判所の判断

一 診療経過等の認定事実
 上記前提となる事実、《証拠略》によれば、以下のとおりの事実が認められる。(なお、前掲の前提となる事実も適宜再記する。また、括弧内には主要な証拠を示す。以下も同様。)

(1)控訴人Cは、平成四年一月七日(以下、日時の記載は、特に断りのない限り平成四年のことである。)、月経が止まったとの理由で、被控訴人病院産婦人科を受診し、六週四日と診断され、その後、一月二一日から六月九日までの間、被控訴人病院において、おおむね一か月ごとにE医師による検診を受けていた。
 E医師は、四月一四日の検診のころから、控訴人Cにつき、前置胎盤を疑うようになったが、五月一二日及び六月九日に行った控訴人Cに対する超音波検査により部分前置胎盤との確定診断を下し、六月九日、安静と経過観察を目的に控訴人Cに入院を勧めた。

(2)控訴人Cは、六月一二日、二八週三日で被控訴人病院に入院した。子宮の収縮があると早くから出血が始まるため、入院時の治療方針としては、出血予防が挙げられた。そこで、控訴人Cに対しては、入院による安静に加え、六月一五日から、子宮収縮抑制剤であるウテメリンが連日経口投与された。

(3)七月四日(以下、特に断りのない限り「七月四日」のことである。)午前六時四〇分ころ、控訴人Cがトイレに行った際に初めて少量の性器出血が見られた。午前七時ころ、看護婦が控訴人Cに対し、安静にするよう説明した。子宮収縮(緊満)もなく、ナプキンへの出血もなかった。午前七時半ころ通常どおり朝食が配られ、看護婦からは朝食は差し支えないと言われた。午前八時ころ、看護婦がE医師に電話で控訴人Cの状態につき報告をしたところ、E医師は、朝食中止とウテメリンの点滴を電話で指示した。そこで、急きょ朝食が中止され、午前八時一〇分ころから、控訴人Cに対して同点滴が実施された。
 午前八時一五分ころ、控訴人Cには分娩監視装置が装着されたが、E医師の後記診察等のため、間もなく外された。
 E医師は、午前八時二五分ころ、控訴人Cを診察したが、その際、子宮収縮(緊満)
はなく、児心音は良好であり、子宮口開大はなかった。出血に関しては、カルテには、帯下血性の増量が見られた旨の記載(Sec〈secretion〉bloody increased)がなされている。なお、看護記録には、午前七時と午前八時の間に、ナプキン出血(−)の記載がある。控訴人Cの診察室への入室及び同所からの退室は、徒歩にて行なわれたが、その後も生理パッドなどに出血はなく、控訴人C自身も出血を自覚していない。E医師からは、控訴人Cの行動について何らの指示もなかった。
 E医師は、診察の結果直ぐに控訴人Cに対して帝王切開術による分娩を行う旨を決定し、午前九時ころ、控訴人C及び同Bに対し、この旨を伝え、大出血が今日起こるか、明日起こるか、それとも一週間もつかは分からないこと、今晩大出血が起こることもあり得ること、今日は土曜日で麻酔科の医師もいるが、明日は日曜日になり医師も手薄になることを述べ、今日中なら小児科も麻酔科もそろうので手術をしてしまいましょうなどと述べた。同人らは、早期娩出による胎児へのリスクや、待期的療法の選択可能性などを知らないままに、母体の安全を考えこれに応じ、手術(検査等)及び病状説明書と手術・麻酔・検査承諾書に各署名押印して、これを承諾した。
 なお、当日は、土曜日であったが、その午前中であれば、手術を行うためのスタッフは病院内に揃っており、直ちに手術を実施することが可能であったが、土曜日の午後から日曜日にかけては、手術を行うためにスタッフの呼出しを要するなど、緊急手術が間に合わない危険性があった。

(4)控訴人Cは、午前一〇時ころ、三階の手術室に搬入され、一〇時五分、全身麻酔を施された。
 E医師は、執刀医として、午前一〇時一五分から、控訴人Cに対し、帝王切開術を開始した。同手術には、小児科のF医師、産婦人科のH医師、麻酔科のI医師、G助産婦が立ち会った。開腹の結果は「子宮下部横切開するに真下に胎盤の辺縁あり」という状態(ただし、子宮口は開いていない段階でのこと。)で、E医師は全前置胎盤と判断した。その後、E医師は、午前一〇時一八分に控訴人Aを娩出し、直ちに、F医師に控訴人Aの処置を託した。出血量は羊水込みで約七五〇mlであり、控訴人Cに対する輸出はされなかった。胎盤自体の異常は認められず、剥離も順調かつ普通にでき、癒着などは見られなかった。

(5)出生時,控訴人Aは、三一週四日であり、体重は一七一六gと低出生体重児であった。控訴人Aは、出生時の啼泣は弱く(±)、筋緊張も弱かった。

(6)F医師は、出生直後の控訴人Aに対し、保温処置台上で気道吸引を行った後、控訴人Aには自発呼吸はあったが弱かったため、アンビューバッグ及びマスクによる酵素投与及び呼吸の補助を行った。その結果、一分後のアプガースコアは七点であった。なお、気管内挿管をするための準備はなされており、手術室で挿入が二度ほど試みられたが、結局、挿入に至らないまま見合わされた。F医師は、控訴人Aの状態にやや改善が見られると判断し、以後の措置は未熟児室で行うとして、控訴人Aを酸素投与のできる保育器(クベース)に入れて、未熟児室へ搬送することにした。 

(7)F医師は、本件搬送に際し、未熟児室のある四階に上るため、手術室を出たところでG助産婦及び控訴人Aと別れて、階段を使って未熟児室に先行した。他方、G助産婦は、控訴人Aの口に酸素マスクを当てて酸素を供給しながら、エレベーターを利用して控訴人Aを搬送したが、途中、控訴人Aは呼吸困難を起こし、全身の皮膚色が悪化し、筋緊張がなくなり、呼吸がかすかになった。G助産婦は、控訴人Aに刺激を与えてみたものの、控訴人Aの状態は改善することはなく、G助産婦には、それ以上なす術はなかった。なお、F医師は、G助産婦にアンビューバッグを携行させていない。エレベーターは三台あったが低速で、混み合う時間帯でもあり、搬送にはG助産婦の感覚では結局四、五分を要したという。

(8)控訴人Aは、G助産婦に搬送されて、午前一〇時三〇分ころ、未熟児室に到着した。到着時の控訴人Aの状態は、全身色不良で、強度のチアノーゼが持続し、啼泣や体動はなく、呼吸は微弱で自発呼吸は(−)であり、陥没呼吸が見られるとともに、冷感があった。ただし、心拍数は一分間に一〇〇回を超えると判断された。F医師は、直ちにアンビューバッグ及びマスクによる酸素投与を行った。その結果、皮膚色はある程度改善されたが、呼吸状態はなお弱々しく、F医師は、午前一〇時三五分ころ、控訴人Aに対し、気管内挿管を施行した。また、午前一〇時四〇分ころ、経皮酸素モニターを装着し、血糖値が二〇mg/dl(以下単位省略。他も、二度目の記載からは単位の記載を省略することがある。)と低値であったため、一〇%ブドウ糖を補給した。さらに、F医師は、控訴人Aを保育器に移してレスピレータ(人工呼吸器)に接続し、吸入酸素濃度を五五%とした。
 午前一一時二〇分すぎころ、胸腹部のレントゲン撮影を行ったところ、控訴人Aの肺にエアブロンコグラムが認められ、肺の未熟性が確認されたため、F医師は、控訴人AがRDS(呼吸窮迫症候群)に罹患していると判断し、人工サーファクタント(商品名サーファクテン)を投与することとし、午前一一時二五分ころ、控訴人Aに対し、人工サーファクタントを数回に分けて気管内に注入した。すると、控訴人Aは、それまで経皮的酸素分圧(tcPO2)が、三〇~四〇mmHg台(乙五四によれば、四〇ないし四二程度)であったのが、七〇~八〇台(同じく七二ないし九六程度)と改善され、体動も見られ、全身色もよくなった。F医師は、人工サーファクタント投与に伴い、レスピレータ条件につき、それまで吸入酸素濃度〇・五五(五五%)であったのを、段階的に〇・三五まで低下させた。
 午後〇時ころには、控訴人Aの陥没呼吸は見られなくなっていたが、体動はなく、下肢にチアノーゼがみられ、また、冷感も認められた。
 午後〇時三九分、控訴人Aから血液ガス分析検査のため採血が行われたが、その分析結果は、pH七・三〇三、PCO2二四・四mmHg、PO2一三八・八mmHg、HCO3act一二・一mmol/l、BE(vt)−一二・三といったもので、低炭酸ガス血症、代謝性アシドーシス、過換気による呼吸性アルカローシスが認められた。
 午後〇時五六分ころ、F医師は、控訴人Aのレスピレータ条件につき、吸入酸素濃度を〇・三、換気方法は間歇的陽圧呼吸(IMV)として呼吸回数は二八回/分、吸気圧は一八cmH2O、呼気圧は五cmH2Oと設定した。その結果、経皮的酸素分圧(tcPO2)は八〇、経皮的二酸化炭素(炭酸ガス)分圧(tcPCO2)は三二mmHg程度と正常範囲内になった。
 午後一時ころには、冷感は微弱となり、チアノーゼは見られなくなった。
 なお、控訴人Aの経皮的二酸化炭素分圧(tcPCO2)については、午前一一時以前には、四九程度で、その後は、午後〇時ころにいったん一九となったが、その後間もなくして三一に上昇し、おおむね二五以上で推移したが、翌七月五日午前一時ないし二時ころには一九ないし二三程度であり、同日午前三時ころには二六となったが、同日午前四時ころから同日午後二時ころにかけては、一九ないし二四の間で推移した。その後は一貫して二五以上で推移した。
 ただし、呼吸状態については、カルテ(乙四)には、四日二四時までの間は、何度か自発呼吸(−)と記載され、陥没呼吸についても五日一杯は(+)の記載がある。

(9)午後に至り、F医師は、控訴人Bに対し、出生時に蘇生処置により啼泣や体動は見られたが、四階に搬送後、皮膚色不良であったため、やむを得ず気管内挿管を行って呼吸管理を行い、人工サーファクタントを投与したこと、今後二週間程度はトラブルの発生も予想されること、気をつけて治療はするが、突発的な事態もあり得ること、脳性麻痺(CP)や網膜症については今の時点では何ともいえないことなどを説明した。

(10)七月五日午前一〇時すぎころ、F医師が控訴人Aを診察した。その際、控訴人Aには自発呼吸があり、肺に空気が入っていることは確認されたが、皮膚色はごく良好とはいえず、発熱(三八度程度)が見られた。F医師は、レスピレータ条件につき、吸入酸素濃度〇・三のままで、呼吸回数は毎分二八回から二五回に下げ、吸気圧は一八から一七に、呼気圧は五から四に下げた。
 F医師は、控訴人Aに発熱があったことから肺炎等を警戒して胸部レントゲン撮影を行ったところ、右肺に気胸が確認された。F医師は、肺から空気が漏れている(エアリーク)と判断し、気胸の悪化を防ぐため、気道内圧を下げる(呼気圧は四のままで、吸気圧を一七から一四に下げた。)一方、吸入酸素濃度を〇・三から〇・三五に上昇させた。また、感染対策として、抗生剤を追加投与した。
 同日午後四時四五分ころに再度撮影した控訴人Aの胸部レントゲン写真においては、エアリークの程度は減少し、気胸の改善が見られた。
 七月六日には、なお気胸が見られたが、全身状態は改善した。
 七月八日には、気胸は見られなくなった。
 控訴人Aの体重は、出生時から七月一三日までは減り続け(同日は一六一〇g)、出生時体重まで回復したのは七月一七日ころである。

(11)控訴人Aは、八月一三日に、被控訴人病院を退院したが、一一月一八日の四か月検診の際に、被控訴人病院で発達の遅れを指摘された。

(12)平成五年一月一八日、F医師は、控訴人B及び同Cに対し、同一郎に発達の遅れがある旨を告げて、同一郎につき、徳島県立ひのみね整肢医療センターの田山正伸医師を紹介し、控訴人Aは、翌一九日から、同所に通院するに至った。

(13)その後、控訴人Aは、遅くとも平成六年七月七日までには、脳性麻痺と診断され、平成八年八月、肢体不自由(両上肢機能障害二級、両下肢機能障害二級)により身体障害一級との認定を受けた。幼時は四年間乙野園に通い、その後、肢体不自由児を受入れる学校に通学しているが、日常の動作は介添人なしには不可能で、学校でも常に介添人がついている。

二 上記認定の補足説明

(1)控訴人らは、出生直後、控訴人Aに啼泣は見られなかった旨主張する。しかし、カルテ(乙四の五頁)上、−(マイナス)ではなく、±(プラスマイナス)と記載されていること、F医師やG助産婦も弱々しいながらも啼泣はあった旨述べていることからして、弱い啼泣はあったものと認められる。

(2)控訴人らは、手術室において、控訴人Aの状態が、アプガースコア七点以上の状態に改善することはなかった旨主張するのに対し、被控訴人は、手術室での酸素投与等によって、アプガースコアが九点まで改善されたと主張する(原審の鑑定もこれを前提とする。)。確かに小児科のカルテ(乙四)の現病歴欄にはアンビューバッグによる酸素投与により、啼泣や筋緊張が改善した旨の記載があり、F医師も、意見書では、「(スコアの記載はないが九点相当)」と記載し、アプガースコアが七点くらいのままであれば、未熟児室への搬送はしなかったと思う旨証言している。しかし他方、産婦人科のカルテ(乙二、乙七七)の新生児所見欄には、アプガースコア七点の具体的な記載のみで、改善の記録はなく、出産に立会い搬送を行ったG助産婦は、控訴人らの求めによる陳述書(平成一四年九月二三日付)では、明確に「赤ちゃんのアプガースコアが七点から九点にまで回復したことはなく、自発呼吸も弱いままでしたし、他に赤ちゃんの状態が改善したという記憶もありません。」と述べている。もっとも、同助産婦は、その後の被控訴人側提出の原審あての報告書(平成一四年一〇月二四日付)では、「これまでに提出した報告書で、言い忘れていたことや不正確であった点について、補充いたします。」として「(アンビューによる酸素投与等の)結果、最初七点であったアプガースコアがどの程度回復したかは定かではありませんが、赤ちゃんの呼吸状態の改善は見られていたと思います。」と述べているが、当審での証言では、被控訴人訴訟代理人からの赤ちゃんの状態は改善されていましたかとの問いには、沈黙した後、はっきりは覚えていないと答え、「覚えていないの。」と聞かれても沈黙している。これらの証拠を総合すると、結局、控訴人Aの呼吸状態については、F医師において未熟児室への搬送には耐えられると判断できる程度の一定の改善があったことは窺われるものの、その改善の程度は明らかでないというしかない。そして、その直後に控訴人Aが重篤な呼吸困難を生じていることは前示のとおりである。

(3)控訴人らは、控訴人Aが未熟児室に搬入された時刻につき、乙四(乙五四)によればバイタルサインなどの計測が午前一〇時四〇分から始まっており、また、同カルテ上、気管内挿管を行った時刻が修正液で一〇時三五分に修正されていること、乙四の小児看護記録〈1〉において、入室時刻につき、一〇時三五分とあるのを上からなぞって一〇時三〇分に修正していることからすれば、午前一〇時三五分に搬入されたものと推測される旨主張する。しかしながら、上記バイタルサインが記載された乙五四においても入室時刻が一〇時三〇分と記載されているのみならず、乙四の一頁においても午前一〇時三〇分となっていることからして、控訴人らの主張は採用し難い。
 なお、気管内挿管を行った時刻についても、確かに何らかの記載が消された上に、「10:35気管内挿管10F 10:40体動出てくる」との記載がなされていることが認められるものの、その体裁等に照らしても、かかる修正が、時刻を修正するためになされたものとまでは認められず、したがって、その記載の信用性が低いとまでは断じ難いこと、前述のとおり未熟児室の入室時刻は午前一〇時三〇分ころと認められ、かつ、F医師は、アンビューバッグで加圧して数分程度経過した後、気管内挿管を行った旨証言していること等からすれば、その時刻は、上記記載どおり一〇時三五分ころであると認められる。

(4)未熟児室搬入後の控訴人Aの心拍数につき、控訴人らはその正確性に欠ける旨主張するが、カルテ上「H.R>100?」との記載があり、これについては、F医師が心拍数が一〇〇回/分は超えていたが、正確に何回かまで数えたわけではないからクエスチョンマークをつけた旨それなりの説明をしており(なお、心拍数が一〇〇回/分に至っていることが重要であるところ、心拍数が一〇〇回/分に至らない疑いがある、という趣旨の記載をするとすれば、「H.R<100?」と記載する方が自然とも考えられる。)、他に心拍数が一〇〇回/分未満であったと認めるに足りる証拠はないこと、数秒間の計測による脈拍数の推量も経験のある医師には可能であり、かつ、そのような方法をとるのが通常であるとの意見を覆すに足りる証拠もないことからすれば、F医師は一〇〇回/分を超えていると判断したものと認められる。
(5)その他、上記一の認定を左右するに足りる証拠はない。

三 控訴人Aが脳性麻痺に罹患した原因等について

(1)上記のとおり、控訴人Aは、現在、脳性麻痺に罹患しており、肢体不自由(両上肢機能障害二級、両下肢機能障害二級)により、身体障害一級との認定を受けたことが認められる。

(2)脳性麻痺(CP)につき、《証拠略》によれば、次のとおり認定判断される。
 脳性麻痺は、「受胎から新生児までの間に生じた脳の非進行性病変に基づく永続的な、しかし変化しうる運動及び姿勢の異常である。その症状は満二歳までに発現する。進行性疾患や一過性障害、または将来正常化するであろうと思われる運動発達遅延は除外する」と定義されている。
 脳性麻痺の原因としては、〔1〕先天的な発達上の欠損によるもの、〔2〕子宮内感染症、〔3〕代謝性疾患、〔4〕催奇形性物質、毒素、放射線など、〔5〕妊娠中、分娩中、新生児期におけるAsphyxia(窒息、仮死)などに大別される。このうち、〔5〕によるものは、CP全体の一〇%程度との報告もある。なお、脳性麻痺は、周生期の異常に乏しい場合でも起こり得るものとされている。
 上記〔5〕によるCPの原因のひとつとして、脳室周囲白質軟化症(PVL)がある。PVLは、多くの研究にもかかわらずその原因・要因がまだ十分に解明されていないが、おそらくは、発育途上の脳室周囲白質の脆弱性によって起こる梗塞性病変であり、その発生は次のような要因が関与しているといわれる。第一は、脳室周囲白質の血管構築の未発達である。これは在胎三二週未満の胎児の脳室周囲には、動脈の分布が十分でない領域—動脈境界領域—が形成されていて、脳循環血流量が減少すると梗塞性病変が生じやすい。第二は、在胎三二週未満の胎児では脳室周囲白質の代謝活動が活発なためである。これは、脳室周囲白質が大脳皮質と比較して高レベルの好気性代謝を営んでいるので、低酸素血症や脳循環血流の減少が起こると、皮質よりも脳室周囲白質に傷害が生じやすい。第三は、未熟児の脳循環が圧依存性なことであり、もともと脳血管拡張能力に制約のある未熟児では、血圧低下によって容易に脳室周囲白質の低灌流が生じる。以上のようにいわれている。また、同様の趣旨で、発育途上にある未熟児の脳血管構築は、脳表と脳室側からの動脈の境界領域の存在が特徴的であり、この部分は、血圧低下や血流低下による虚血性変化を最も受けやすい。在胎三二週未満では、脳室に近い白質の部分にこの動脈境界領域が存在しているため、仮死などによって脳血流が低下すると、血流の自動調節能の未熟性と相まって、この部分に虚血性変化が起こりやすいとされている。在胎三二週というのは、このような脳室周囲白質の血管構築の未熟性に由来する脆弱性の境界時期であると解される。そして、このPVLに対しては、現在のところ、有効な治療法はなく、その危険因子(リスク因子)に対する予防により対処せざるを得ないのが現状である。
 PVLをもたらす臨床的危険因子としては、胎児期の徐脈、胎児仮死、多胎、分娩期の仮死、出生後の低血圧、低炭酸ガス血症、徐脈、頻発する無呼吸発作、PDA(動脈管開存症)、気胸、敗血症などが挙げられている。
 具体的には、出生時の仮死(新生児仮死)に伴う全身の血圧低下や脳の血管れん縮などにより、脳低灌流が起こり、PVLの原因となり得るほか、特に仮死に伴う低酸素による二次性の徐脈(新生児の場合一〇〇回/分以下をいうものと解される。)は、低酸素血症と脳低潜流の組み合わせでPVLを発症しやすくなるといわれる。徐脈を伴う無呼吸発作は、低酸素血症と脳低灌流の組み合わせでPVLを発症しやすいとされる。また、呼吸窮迫症候群(RDS)などで人工換気中に、特に人工肺サーファクタント使用で肺が急速に改善した場合などに過換気となって二酸化炭素が二〇ないし二五mmHg以下になった場合、脳血管が収縮して脳血流が低下してしまうため、生後二四時間ないし七二時間以内の低CO2血症はハイリスク因子といわれているが、低CO2血症はPVLの原因ではなく結果である可能性もあるとされる。

(3)PVLが未熟児における脳性麻痺の主要な原因と考えられていること、控訴人Aの頭部画像、控訴人Aの脳性麻痺が頭部画像の所見からしてPVLによるものとする小児神経科医師の診断書及びその可能性が高いとする専門医の詳細な鑑定意見書等(甲三九、六〇、七四)及び前記認定の出産の経緯やその後の呼吸不全の事実等を総合すると、控訴人Aの脳性麻痺は、PVLによるものであると推認するのが相当である。
 なお、この点について、原審の鑑定人は、脳性麻痺の原因を出生時の低酸素環境に求めることは極めて慎重でなくてはならず、現実には胎生期に何らかの原因のある中枢神経系先天異常である場合が多いとして、控訴人Aの脳性麻痺の原因として、中枢神経系先天異常の頭蓋縫合早期癒合症が示唆され、同症の存在の可能性を推認できるとしてこれを詳細に述べているが、《証拠略》からすると、前段部分についてはともかく、後段の部分には十分な根拠がなく誤りであることは明らかであり、上記鑑定の結果中この部分は採用できない。
 以下、以上の認定判断を前提として、被控訴人病院の各医師の過失につき、それぞれ検討する。

四 産婦人科E医師の帝王切開術の実施時期決定等に係る過失(争点(1))について

(1)《証拠略》によれば、以下のとおり認定判断される。

ア 前置胎盤とは、胎盤の一部ないし大部分が子宮下部(子宮峡)に付着し、内子宮口に及ぶものをいい、内子宮口にかかる程度により、全・一部・辺縁の三種類に分類される。
 その臨床症状としては、出血がある。出血の多くは妊娠二五週以降に生じる無痛性の性器出血(外出血)であり、初回は警告出血と呼ばれる少量の出血から始まることが多いが、初回から大出血を来すこともある。少量の出血は止血可能であることが多いが、その時点から常に何時でも帝王切開が行えるように準備を開始すべきであるとされる。
 子宮収縮は致命的な結果を招くことがあるため、切迫症状がある例は、厳重に管理すべきであり、また、警告出血をみた例では、その後二、三週間以内に強出血(大量出血、一般的には五〇〇ml以上。)を来すといわれ、特に注意を要する。
 一度強出血を起こすと、出血性ショック等により、母体が死亡に至ることがあり、他方、急激に胎児仮死、胎児死亡の予後をとることがある。前置胎盤を放置すれば、母児ともに死亡に至り、辺縁前置胎盤で出血も少ないといった例外的場合を除いては、帝王切開術が選択される。

イ 胎児肺は、二四週以後から肺胞が形成され、二八週ころには肺胞構造がほとんど完成する。その内面は、〈1〉型及び〈2〉型肺胞上皮細胞に分化し、満期には、〈2〉型肺胞上皮細胞から、肺胞構造がその機能を発揮するのに重要な肺表面活性物質(肺サーファクタント)が分泌されるに至る。肺の成熟度については、羊水中の肺サーファクタント量を調べることにより知ることができるが、その量は、三〇週未満では少なく、三七週ころにかけて急激に増加する。

ウ 未熟肺に基づく肺サーファクタント欠乏を主因とし、進行性の呼吸不全を呈する疾患として、新生児呼吸窮迫症候群(RDS)がある。RDSは、三二週未満のAFD児(在胎期間に適した出生体重を示した新生児)に三〇ないし四〇%の割合で好発し、特に、前置胎盤、帝王切開等にその発症が多い。呼吸窮迫を示す四主徴(頻呼吸、陥没呼吸、呻吟、チアノーゼ)、胸部X線上肺虚脱を示す網細顆粒状陰影、気管支透亮像、羊水又は胃液の肺サーファクタント欠乏等により、診断がなされる。
 RDSの治療方法としては、レスピレータ(人工呼吸器)を用いる対症療法としての人工換気療法と、サーファクタント補充療法とがある。後者は、人工サーファクタントを経気道的に投与するものであるため、気管内挿管、人工換気療法を必要とする症例が適応となるが、多くの場合、RDSは、一回の人工サーファクタント補充で状況が好転し、呼吸循環不全が改善する。

(2)ところで、控訴人Cは、前置胎盤であったが、前置胎盤における最終的治療法である胎児の娩出の時期に関しては、文献(前項に掲記した証拠や後掲の証拠)にはおおむね以下のような記述がある(なお、エ以下の文献は本件帝王切開以後刊行のものであるが、この間に、帝王切開の時機の選択に関する医療水準に特に大きな変化があったとは認められない。)。

ア 五〇〇ml以上の大量出血(強出血)の場合や胎児仮死の場合には、直ちに帝王切開による娩出を要し、妊娠第一〇月(三六週ないし三九週)未満で出血少量の場合は、入院、安静の上、妊娠第一〇月に達した場合に娩出する。(この内容はほぼ共通している。)

イ「(出血増強時の治療方針)前置胎盤の程度、出血および貧血の程度、子宮口開大の程度、妊娠週数(児の大きさ)、経産回数および合併症の有無などを考慮して方針を決定する。母体の救急を優先し、次いで児を助けることを考える。」「(経膣分娩)前置胎盤の程度が軽い場合、(中略)できる限り経膣分娩を目指す。」(「必修産婦人科学」甲四五。昭和六二年四月発行)

ウ「帝切の時期は、児の成熟度と母体のその後の出血量で判断するが、最近では未熟児の予後が改善されたために、母体出血が持続する場合には長期保存的療法は行われない傾向にある。」(「産婦人科MOOK増刊1帝王切開」甲五五。昭和六三年九月発行)

エ「(出血がわずかな場合)妊娠時は入院させ、安静を保ち、止血剤、子宮収縮抑制剤投与などを行い、児の成熟するのを待つが、大出血や胎児仮死が起これば、その時点で帝王切開を行う。」(「最新産科学 異常編」甲四七。平成五年二月発行)

オ「週数と出血の程度によって管理方針を決定する。」「三五週以降でも児にRDSを発症することがあるので、必要に応じ、術前に肺の成熟度を確認し、未成熟の場合には促進を図る。」(「周産期医療と出血」甲四九。平成七年八月発行)

カ「それほどの大出血でなくても輸血を要する程度の出血がみられる場合は、急速遂娩を行ったほうがよい。出血がないか少量で胎児の状況が良好な場合は、可及的に妊娠三七週まで待期する。」「胎児状況の悪化徴候や中等量の出血が続く場合は、妊娠週数および胎児の発育・成熟度を考慮して症例ごとに決定する。」(「プリンシプル産科婦人科学」甲四三・平成一〇年五月発行。乙五九も同旨)

キ「出血が少量で胎児の状態が良好な症例あるいは妊婦検診でスクリーニングされた症例では、妊娠三七週まで待機することである。」「出血がないか少量で胎児の健常性が良好な場合は、妊娠三七週まで待機する。」「出血が持続する場合は、妊娠週数および胎児の健常性や発達・成熟を考慮して症例ごとに決定する。」(「異常分娩」甲五〇。平成一一年四月発行)

ク「(手術のタイミング)胎児の肺成熟の得られる妊娠三四週以降が望ましく、出血を認めなければ正期産である妊娠三七週を目標とする。妊娠三七週を超えれば、夜間あるいは手薄となる時間帯を避け、緊急事態の発生前に予定帝王切開を計画する。ただし、母児に危険が及ぶと判断される大量出血(五〇〇~六〇〇gを超える)を認めれば,その施設で児救命可能時期を過ぎればいつでも帝王切開に踏み切る。」(「新女性医学大系33 産科手術と処置」甲五一。平成一二年一一月発行)

ケ「切迫早産徴候や出血を認めた場合には、大量出血(三〇〇から五〇〇ml以上、または一〇〇ml/時以上)がないかぎり、安静・陣痛抑制療法で胎児が成熟するまで妊娠継続をはかる。」(「標準産科婦人科学」甲四八・平成一三年九月発行。乙六一も同旨)

(3)以上を前提に、E医師の過失について検討すると、同医師の帝王切開術の実施決定時期についての判断には誤りが認められる。その理由は次のとおりである。

ア 控訴人Cは、六月一二日、二八週三日で被控訴人病院に入院し、安静を保つとともに、六月一五日以降は子宮収縮抑制剤ウテメリンの経口投与を受けていたところ、七月四日午前六時四〇分に初めて性器からの出血を見た。しかしながら、この出血は少量であり、六時四〇分に少量の出血が報告されて以降、本件の手術が行われるまでの間には性器外への出血の徴候はカルテや看護記録には記録がなく(かえって、前記のとおり午前七時と八時の間には「ナプキン出血(−)の記載がある。)、前置胎盤の管理に関し、出血の有無やその量は極めて重要な点であるから、出血がありながらカルテや看護記録にそれが記載されないということは通常考えられないから、カルテ等に記録がないことは、出血がなかったことを示すものとみるのが相当である。 

イ E医師は、同日午前八時二五分の診察の際、控訴人Cの子宮口から噴出型の出血が認められ、性器出血の状態が簡単に止血できるようなものではないため、このまま推移すると数日とおかずに大出血に至り、母児ともに危険な状態に陥るおそれがあった旨証言し、同趣旨の陳述書をまとめている(以下まとめて「E証言等」という。)。
 しかしながら、このE証言等は措信できない。その理由は次のとおりである。

(ア)カルテ(乙二)上、「帯下血性」の増量が見られた旨の記載(Sec〈secretion〉bloody increased)が認められ、E証人は、この記載が性器出血を指す旨証言する。
 しかしながら、被控訴人がカルテの「Sec〈secretion〉bloody increased」に付した訳は「帯下血性」であって、「帯下」とは一般にはおりもののことであるから、「帯下血性」とはおりものが血性であること、あるいはおりものに血液が交じることを意味する。また、入院時記録(乙二)においても不動文字で「血性帯下」につき記載する欄が存在することからも、「血性帯下」ないし「帯下血性」の用語は、通常の用語としての意味に理解するのが相当である。
 そうすると、「帯下血性」の増量が見られた旨の記載は、血性のおりものが増量したとの意味であるから、これをもって、警告出血以上の噴出型の性器出血があった旨の記載と理解するのは、無理である。
 E証人は、「帯下血性」は血液のことであり、書き方を間違った旨証言するが、「出血量が増量した」と「おりものが増量した」とを書き間違えることは、前置胎盤においては出血の態様が非常に重要なポイントであることに照らし、措信できない。

(イ)仮に、E医師が子宮口からの出血を認めたのであれば、上記(2)の文献からすると、行うべきことは出血量及び持続時間を検討することである。しかるに、カルテにはこの点の記載は認められないから、E証人は、この点の検討をしていないことになる。そもそも、E医師は、証言において、トータルの出血量は一切測っていないし、その持続時間についても判断していないと証言しており、この点が考慮外であったことを自認している。子宮口からの出血が噴出型の出血と認められたのであれば、輸血も考慮しなければならないのであるが、E医師は輸血の必要性も認めていない。

(ウ)E証人は、看護記録中のナプキン出血(−)の記載について、出血が止まったのではなく、膣の中にはあったと思われ、診察時には子宮口から流れているのを確認したと証言する。しかしながら、子宮口から流れているのを確認したのであれば、それ以後も出血の徴候が認められてしかるべきであるが、カルテ上、このような記載が認められないし、控訴人Cは診察後自力歩行してベッドに戻ったのに、その後もナプキン等への出血は認められていないし、控訴人Cも出血を自覚していない。

(エ)以上によれば、E証人の証言するような噴出型の出血が存在したとすれば、当然措置されそのことがカルテに記載されるであろう事項が、カルテや看護記録(乙二)に記載されていないことや子宮収縮もなく子宮口も閉鎖している状況に照らしても、控訴人Cの子宮口からは、本件の手術が行われるまでの間に、警告出血以上の出血は認められなかったとみるのが、最も合理的である。よって、出血に関するE証言等は採用できない。

ウ なお、乙六二、六七、原審での鑑定の結果においては、控訴人Cに対する帝王切開術の施行は適切であったとの意見が示されている。すなわち、鑑定の結果においては、多量の出血が認められた場合には緊急帝王切開の適応となるが、カルテ等にはその決定基準となる出血量の記載を認めることができないとした上で、「しかし、術医のE医師の意見書では“かなりの新鮮血の流出を認め”と記載され、同医師は“子宮口から出る血液の量が止められそうもないと判断”と証言していることから判断するならば、緊急帝王切開決定は適切であったといえる。」としている。乙六二、六七の意見書も同様に、E医師が「控訴人Cの子宮口から出血が認められ、出血の程度・様子から、このまま行くと大出血につながり、出血性ショックになる」と判断した旨証言したことを所与のものとして意見を述べるものである。これらはいずれも、そのE医師の証言に信用性が肯定できない以上、異なる前提事実の下における意見であって、当裁判所の判断を左右するものとは認められない。

エ そうすると、E医師は、次のとおりの状況の下に、本件の手術の施行を決定したことになる。
 控訴人Cは、午前六時四〇分に少量の出血をみた以外、出血が認められておらず、本件の手術が行われるまで子宮口は未開大、子宮収縮も認められず、その余の異常も何ら認められていない。もちろん輸血の必要性も認められていない。歩行も許容される状態であった。母児共にその状態に問題は認められていない。手術時の出血量も羊水込みで七五〇mlであり、特に多いと評価されるものではなく、胎盤についても異常は認められなかった。
 以上の事情を総合すると、控訴人Cについて、鑑定の結果のように「中算量の出血があった場合、あるいは胎児の状態に悪化が認められる場合などでは、妊娠週数や胎児の発育・成熟度を考慮して症例ごとに産婦人科医の判断で帝王切開を選択することになる」との見解や、文献(甲一六)上、具体的に待期か娩出かの判断に当たっては、子宮出血の量、持続、妊娠持続期間、胎児生活力、前置胎盤の程度、胎位・胎勢、下降度、経妊、経産回数、挙児の熱望度、頸管の状態、分娩開始の有無など多くの要因により規定される総合判定によってなされるべきであるとされていることを前提にしても、前示のような少量の出血しか認められなかった控訴人Cについて、帝王切開術実施の適応を認めることはできないというほかはない。
 なお、E医師は原審証人尋問で「もし生む場合にRDS呼吸窮迫症候群を防ぐために分娩時二四時間前に注射を打つというのがあると思うのですが」との質問に「はい、よくやっておりますけれど、分娩までの時間がなかったから打ってないです。それもサーファクタントを使えるようになってからは、すごい意味はどうかという感じはいたしておりますけれども。」と証言している。すなわち、普段ステロイド療法を行ってはいたが、控訴人Cに関しては、二四時間が待てない、必要なら娩出後にサーファクタントが投与できるとして、これを放棄している。
 結局、E医師は、控訴人Cが土曜日、日曜日の間に大量出血をした場合には、被控訴人病院の体制から緊急手術に対応しにくいと考え、これを主たる理由にして、本件の手術に及んだものと推察せざるを得ない。確かに、緊急手術への対応体制の有無は、帝王切開選択の可否に関する一つの考慮要素ではあり得るが、本件においては、被控訴人病院が県立中央病院として地域の基幹的医療施設の一つであることや、前記認定の控訴人Cの出血状態、及び前記のとおりE医師が上記諸要因や他の選択肢についての慎重な検討や衡量をしたとは認められないことなどを考え合わせると、土曜日、日曜日には緊急手術への対応がしにくいということをもって、本件帝王切開を是認する根拠とすることは相当でないといわざるを得ない(この点は次項(1)でも触れる。)。
 よって、E医師には、控訴人Cに対して帝王切開術を施行する必要性がいまだ肯定できないのにこれを実施し、控訴人Aを在胎三一週四日で肺機能や脳室周囲血管の未熟なままに娩出させた過失があるというべきである。

五 小児科F医師の呼吸管理に関する過失(争点(2))について

(1)四で認定判断したとおり、産婦人科のE医師は、被控訴人病院における土曜日、日曜日の緊急手術対応のことを主たる理由にして、少量の警告出血があっただけで、子宮収縮もない控訴人Cについて、三一週四日で、帝王切開術による分娩を決定したものである。また、E医師は、同じ理由で、胎内で肺サーファクタントの産出を促すためのステロイド療法も放棄している。
 確かに、前述のように、被控訴人病院の緊急手術への対応に関する事情も、突然の大出血の可能性を全く排除することができない前置胎盤について帝王切開を選択する際の一つの考慮要素であることは否定できない。しかし、肺機能や脳室周囲血管構築の未熟が予想される三二週未満の未熟児について、そのような診療体制上の事情を優先させるのであるならば、小児科医と緊密に連携し、小児科分野において、肺機能の未熟さ等に対応してより厳重に呼吸管理を行い、前述(四(1)ウ)のように三二週未満の新生児で帝王切開等に好発するとされる新生児呼吸窮迫症候群(RDS)の発現に対して万全の予防措置を講じるべきは、当然のことである。本件帝王切開に際し、小児科からF医師の立会が求められ、娩出後は、出生児の管理が直ちにF医師にゆだねられたのは、この趣旨において理解すべきものである。
 そうであるとすると、F医師においては、控訴人Aが三一週四日で肺機能が未成熟な状態で、かつ帝王切開によって出生し経膣分娩の場合に比べてサーファクタント産生能に劣ること、産婦人科においては胎内で肺サーファクタントの産生を促すステロイド療法も放棄されていることなどを考慮し、肺サーファクタントの欠乏を主な原因として生ずる新生児呼吸窮迫症候群(RDS)の発現については、特に万全の予防措置を講じ、厳重な呼吸管理を行うべき注意義務があったものというべきである。そして、その際には、三二週未満の胎児の脳室周囲白質は血管構築が未熟で脆弱性を有し、PVLの危険性が高いこと、RDSがその危険因子に繋がること、PVLによって脳性麻痺という重大な結果が生じ得ることも十分考慮に入れておくべきことも当然である。

(2)そして、以上のような事情と、現に、前記認定のように控訴人Aは、出生時の啼泣も弱く、軽い蘇生措置を必要としていたことなどを合わせると、F医師においては、出生後直ちに、人工サーファクタントの投与を行うべきであったというべきである。この点については、周産期医療の研究者であり臨床経験も豊かな専門医の鑑定意見書(甲三九)、意見書(甲六〇)、補充意見書(甲七四)が詳細に論じているところであって、その見解を否定する十分な理由はない。
 また、仮に、手術室で控訴人Aについて呼吸窮迫症候群の発現を直ちに予期できなかったとしても、手術室から未熟児室の移動の間に、控訴人AはF医師の予期に反して重篤な呼吸不全を生じ、未熟児室に到着したときは、全身色不良で、高度のチアノーゼを呈し、啼泣や体動はなく、呼吸は微弱でRDSの主要徴候である陥没呼吸が見られたのであるから、当然RDSを疑うべきであり、直ちに人工サーファクタントの投与がなされるべきであったといえる。

(3)しかるに、F医師においては、手術室で二回気管内挿管を試みながら、アンビューバッグによる酸素投与により全身状態の改善が見られたとして、これを見合わせている。人工サーファクタントは気管内挿管を通じて投与するのであるから、挿管を見合わせることは、サーファクタントの投与を見合わせることに繋がる。さらに、未熟児室においても、直ちに気管内挿管を行わず、約五分程度もアンビューバッグによる酸素投与を行い、挿管後も、呼吸状態の改善が進まず、午前一一時二〇分過ぎころの胸腹部のレントゲン写真によってエアブロンコグラムが認められ、肺胞の虚脱が直接明らかになってようやく、午前一一時二五分ころにサーファクタントの投与を行っている。サーファクタント投与の効果は顕著であり、経皮的酸素分圧は、急激に改善された。
 以上によると、人工サーファクタントの投与が遅れた点について、呼吸管理に当たるF医師に過失があったことは明らかである。なお、原審の鑑定では、サーファクタントの投与時期の問題を取上げておらず、投与時間さえも特定しないまま「それから時間をおかず」としか記述していないが、RDSが肺サーファクタントの欠乏を主因とすることや人工サーファクタン投与の即効性などに鑑み疑問であり、前掲の甲三九、六〇、七四号証に照らして採用できない。

(4)これに対し、被控訴人は、人工サーファクタントはRDSの治療薬であり、適応はRDSであり、その確定診断後にこれを投与したことに過失はない、効能書きによれば用法も「生後八時間以内がのぞましい。」とあるだけであると主張する。しかし、それは、控訴人Aが肺機能未熟な三二週未満の未熟児であることや、サーファクタントの作用機序及び(1)で見たような本件帝王切開に至る事情や、そこで小児科医に期待された厳重な呼吸管理についての責務を離れた一般論に過ぎないのであって、本件においては採用できない。
 ちなみに、人工サーファクタントの注入操作自体は五分ほどで完了し、経皮酸素分圧の劇的な上昇で効果が発現し、短時間で吸入酸素分画(FiO2)を下げることができるとされ、投与時期としては可及的早期の投与が望ましいとされる。現に控訴人Aの場合も経皮酸素分圧の急速な改善を見ているのである。

(5)次に、手術室から未熟児室への移送についても、手術室で一分後のアプガー指数七がアンビューバッグによる酸素供給によってある程度改善されたといっても、控訴人Aが三二週未満であることや出生時の状態からして、肺機能の未成熟が十分考えられるのであるから、自発呼吸が確立してアンビューバッグなしでも呼吸が安定しているか否かを十分見極めるべきである。娩出から未熟児室到着までの時間は一二分間であり、エレベーター待ちにかなりの時間を要していながら通常の場合よりも早かったというのであり、実際に途中で重篤な呼吸不全を起こしていることから見ても、手術室での呼吸安定の見極めが十分になされなかった疑いが強いといわざるを得ない。また、仮に十分な見極めのための時間が取れないような何らかの事情があったのであれば、(1)のような事情に照らしても、搬送途中における呼吸不全の発生に備えて、気管内挿管をあらかじめ行っておくか、小児科医師自身が、アンビューバッグを用意して付き添うことが求められていたというべきである。しかし、F医師は、搬送をG助産婦に任せて未熟児室へ先行し、アンビューバッグも持たずにクベースで酸素補給をするのみで助産婦に搬送を行わせ、その結果、途中で起こった呼吸不全で適切に対応できず、呼吸窮迫症候群の症状を予防できなかったのである。
 したがって、F医師の呼吸管理については、以上の点でも過失があるといわざるを得ない。ちなみに、原審の鑑定では、未熟児室への搬送に不適切な点はない。F医師の呼吸管理は適切であったとされているが、手術室でアプガースコアが九点になったことを前提としたもので、かつ(1)で述べたような視点を欠いており採用できない。

(6)呼吸管理に関するその他の事情は、一の(8)及び(10)で認定したとおりであり、気胸の発生、低酸素血症の持続、低炭酸ガス血症、過換気による呼吸性アルカローシスの発生、努力呼吸に大量のエネルギーを要した結果とも解される低血糖の発生などと、必ずしも十分な呼吸管理が行われていたとはいえないような事情が窺われなくもないが、これらに関して医師らに過失が認められるとは速断できず、これらは、次に、被控訴人病院の医療行為と脳性麻痺の因果関係を検討する際の事情として考慮するのが相当である。

六 説明義務違反(争点(3))について

(1)帝王切開実施決定時のE医師の控訴人B及び同Cに対する説明は、一の(3)の第四段落で認定したとおりである。すなわち、E医師は、前置胎盤による突然の大出血の可能性と被控訴人病院の土曜日、日曜日の緊急手術対応体制の説明をして、土曜日午前中の帝王切開術の必要性を説明しただけであり、三二週未満の胎児の肺機能の生理的な未成熟さや、脳の脆弱性、つまり、早期の帝王切開による娩出が胎児にもたらすリスク及び胎内保存的な療法の具体的な可能性について説明をしていない(E医師は、かねてから診察の機会などを通じて未熟児出産のリスク等を説明していたように述べるが、証拠上これを認めるに足りないのみならず、手術時点での未熟性の程度、内容に対応して当該時点での手術が胎児にもたらすリスク内容を具体的に説明するのでなければ、十分な説明とはいえない。)。そのため、控訴人Bらは、母体の安全のことだけを中心に考えて帝王切開術を承諾してしまった。
 しかし、仮に、控訴人Bらが、三二週未満の胎児の肺機能の未熟さに由来するRDSの可能性(これは前示のように決して小さな割合ではない。)や、PVLによる脳性麻痺の可能性等に付いての説明を受け、また、E医師が実行していたというステロイド療法その他の胎内保存的な療法の可能性についても説明を受けたとしたら、(もとより重なる部分も少なくはないが)母体へのリスクと胎児へのリスクを衡量して、夫婦で十分に相談して納得の上でなければ、安易に土曜日の帝王切開術に同意することはなかったであろうことが、容易に推察できる。その意味において、控訴人Bらは医療における真の自己決定の機会を重大な点において奪われたものであるということができる。
 したがって、E医師には、帝王切開の選択に当たって、控訴人B及び同Cに対し、そのことが胎児に与えるリスクや他の選択肢の可能性について説明しなかった点において、説明義務の違反があるといわざるを得ない。

(2)これに対して、被控訴人は、二、三日の差で肺機能の未熟性に大きな違いはない、むしろ待つことのリスクの方が大きいから、控訴人らの主張は前提を欠く旨を主張する。
 しかし、これまで認定判断してきたとおり、控訴人Cの性器出血は初回の少量の警告出血というべきもので持続しておらず、子宮収縮も始まっていなかったのであるから、当時の地域の基幹病院一般の医療水準において帝王切開を余儀なくされるような大出血の具体的な徴候が今後何時生じてくるかは、未だ予測できない段階にあったというべきであり、
二、三日の差の問題ではない。また、証拠(甲三九、六〇、七四)によると、レシチン/スフィンゴミエリン比(L/S比)による胎児肺の成熟度の判定と、低い場合のステロイド剤による数日間の胎児肺サーファクタント誘導療法がRDSの予防にもたらす効果としては、かなりのものが期待でき、また、胎内保存的療法の可能性も単に数日間に留まらなかった可能性が認められるから、被控訴人の上記主張の方こそ、その前提を欠くものといわざるを得ない。

(3)次に、控訴人らは、小児科担当医の脳性麻痺の診断に関する説明義務の違反を主張する。しかし、この点は、脳性麻痺の症状や程度などが確定してくるのは、おおよそ二歳ぐらいまでのことであり、未確定の段階でいたずらに両親に不安を与えることはその後の育児支援の上で必ずしも望ましいとはいえない面もあることは否定できない。したがって、告知の時期や方法については、患者と医師の関係などの中で決まってくるものというべきであって、一律にこれを律するのは相当でない。そうすると、この点については、医師の側に広範な裁量の余地が認められるところ、本件においてこの裁量の逸脱があるとの事情は、本件証拠上認めるに足りない。また、被控訴人側からの連絡により最善の治療を受ける機会を奪われたとの事実を認めるに足る的確な証拠もない。
 したがって、小児科医の説明義務違反の主張は採用できない。

七 因果関係(争点(4))について

(1)以上の認定によれば、控訴人Aの出生後の経過は次のとおりである。
 控訴人Aは、午前一〇時一八分に低出生体重児として出生した。自発呼吸はあったものの弱かったため、F医師がアンビューバッグ等による酸素投与及び呼吸の補助を行ったところ、一分後のアプガースコアは七点となり、その後もある程度の改善が見られた。《証拠略》によれば、アプガースコアは一〇点満点で八点以上が正常とされるところ、一分後のアプガースコア七点というのは、中等度仮死に分類されるものであり、控訴人Aは出生直後から低酸素状態にあった。もっとも、控訴人Aは弱かったが自発呼吸があったこと、酸素投与がなされアプガースコアが改善していることなどからすれば、出生直後の手術室内での低酸素状態は重症のものではなかった。
 しかし、午前一〇時三〇分ころ控訴人Aが未熟児室に搬入された際には、全身色不良で強度のチアノーゼが持続し、啼泣や体動はなく、呼吸は微弱で、陥没呼吸が見られるなどした。F医師はアンビューバッグによる酸素投与を行ったが、呼吸状態はなお弱々しかったため気管内挿管がなされ人工呼吸が行われた。しかし、経皮的酸素分圧は低値にとどまった。午前一一時二〇分ころのレントゲン撮影の結果、控訴人Aの肺にエアブロンコグラムが認められ、肺胞の虚脱が直接明らかになって初めて午前一一時二五分ころにサーファクタントが投与された。その結果、控訴人Aの経皮的酸素分圧はおおむね正常範囲内に回復し、午後〇時ころには陥没呼吸も一時は見られなくなり、午後〇時五六分ころは経皮的酸素分圧、経皮的二酸化炭素分圧ともに正常範囲内となったことが改めて確認され、午後一時ころには、冷感は微弱となりチアノーゼは消失するなど呼吸状態は改善した。もっとも、その後も時々自発呼吸(−)となり、陥没呼吸も再発している。
 以上の事実からすると、控訴人Aは、未熟児室搬入時には、未熟肺に基づく肺サーファクタント欠乏を主因とするRDSを発現していたことは明らかであり、その後、これに基づく低酸素状態が相当期間継続したことも明らかである。

(2)前示のとおり、控訴人Aの脳性麻痺は、PVLによるものであると推認されるところ、PVLの病因にはいまだ解明されていない部分も多いものの、前示(三(2))のように脳室周囲血管の未発達すなわちその未熟性に負うところが大きいといわれ、三二週未満では、脳室に近い白質の部分に動脈境界領域が存在しているため、仮死や敗血症性ショックなどによって脳血流が低下すると、血流の自動調節能の未熟性と相まって、この部分に虚血性変化が生じやすいとされている。現在のところ、有効な治療法はなく、以下のような危険因子(リスク因子)に対する予防により対処せざるを得ないのが現状であるとされる。PVLをもたらす臨床的危険因子としては、胎児期の徐脈、胎児仮死、多胎、分娩期の仮死,出生後の低血圧、低炭酸ガス血症、徐脈、頻発する無呼吸発作、PDA(動脈管開存症)、気胸、敗血症などが挙げられている。
 そして、控訴人Aは、前示のとおり、出生直後低酸素状態にあり、一時回復はしたものの、未熟児室入室前には再度重篤な低酸素状態となり、人工呼吸器が接続され、一時間後に人工サーファクタントを投与されたが、低炭酸ガス血症状態にもなり、気胸も生じている。無呼吸発作も起こしている。このように、控訴人AにはPVLの危険因子が多く認められる。被控訴人は、PVLは低酸素の影響というより未熟性が主因となると考えるべきであると主張するが、脳の脆弱性を含むその未熟性自体が、E医師の過失による帝王切開術の早期施行によりもたらされているのである。そして他に、控訴人AにPVLの危険因子とされるような事情は認められない。そうすると、E医師の過失及びその後のF医師の呼吸管理上の過失という被控訴人病院の一連の過失と控訴人AのPVL発症との間には、因果関係が認められるというべきである。 

(3)被控訴人は、控訴人AのPVL発症と被控訴人病院における医療行為との間には因果関係が認められない旨主張するところ、これが採り得ないことは既に説示したとおりである。そして、他にこの因果関係が認め難いことを窺わせるに足りる事情は認められない。

(4)次に、未熟児における脳性麻痺の主要な原因としてPVLがあげられていること、控訴人Aの脳性麻痺がPVLによるものであると認められることは、三(3)で述べたとおりである。したがって、控訴人Aの脳性麻痺と被控訴人病院における一連の医療行為上の過失との間には相当因果関係が認められる。
 これに対し、被控訴人は、控訴人Aの脳性麻痺の原因は特定し得ず、PVLを原因とするかどうかは不明であり、むしろ胎生期のものによる原因が考えられると主張する。しかし、控訴人AのPVL発症の機序はこれまで認定判断してきたとおりである。また、脳性麻痺自体については、確かに種々の原因があり、PVLを原因とするものの割合が多いとはいえないことは、三(2)で検討したとおりである。しかし、それらの原因のうち控訴人Aにあてはまるのは、肺機能の未熟性と脳の脆弱性を要因とするPVLであると考えられることは、既に見てきたとおりである。被控訴人は胎生期の原因が考えられるというが、抽象的なものに留まり具体的な原因は挙げられておらず、本件証拠上も認めるに足りない。ちなみに、原審での鑑定では中枢神経系先天異常の頭蓋縫合早期癒合症が示唆されていたが、これに根拠はなく採用できないことは前述のとおりである。

(5)以上の次第で、E医師及びF医師によってなされた被控訴人病院における一連の医療行為に過失が認められ、これと控訴人Aの脳性麻痺との間に因果関係が認められるのであるから、被控訴人は、控訴人らに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負担するというべきである。

八 損害額(争点(5))について

(1)控訴人Aの損害

ア 後遺障害による逸失利益
 控訴人Aは、被控訴人病院医師の不法行為(以下「本件不法行為」という。)により、脳性麻痺の後遺障害を残し、労働能力を一〇〇%喪失している。よって、就労可能年数を一八歳から六七歳までの四九年間とし、平成四年度の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の年収額五四四万一四〇〇円を基準とし、年五%の割合による中間利息をライプニッツ方式(〇歳の幼児の場合、一九・二三九〇(六七年の係数)−一一・六八九五(一八年の係数)=七・五四九五)によって控除して計算すると、四一〇七万九八四九円(小数点以下切捨て)となる(控訴人らの主張額四六一八万八四〇四円)。

イ 看護費用
 控訴人Aは、本件不法行為による重篤な後遺障害により、その生涯にわたって、全面的な介護を要するところ、その介護費用としては、平均余命の七六年間(平成四年度簡易生命表による。小数点以下切捨て。)を通じ、一日平均五五〇〇円の費用を要するとみるのが相当であるから、これを基礎として、年五%の割合による中間利息をライプニッツ方式(係数一九・五〇九四)によって控除して計算すると、三九一六万五一二〇円となる(控訴人らの主張額六二一九万三一五三円)。

ウ 後遺障害慰謝料
 控訴人Aは、本件不法行為により重篤な後遺障害を負い、甚大な精神的苦痛を被ったが、これを慰謝するには二〇〇〇万円が相当である(控訴人らの主張額二四〇〇万円)。

エ 以上の合計額 一億〇〇二四万四九六九円

(2)控訴人B、同Cの損害
 控訴人B及び同Cは、本件不法行為により控訴人Aが重篤な後遺障害を負い、生命を侵害されたことに比肩するほどの精神的苦痛を受けたものと認められ、また、それに関し、母体の安全を中心に考えて早期の帝王切開に同意したが、結果的に子供に重篤な後遺障害をもたらす一因となったことへの自責の思いに責められるであろうことは推察に難くないところである。その精神的苦痛を慰謝するには、各三〇〇万円が相当である(控訴人らの主張額各六〇〇万円)。

(3)弁護士費用
 本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、控訴人Aの分として六〇〇万円、同B及び同Cの分として各三〇万円が相当である(控訴人Aの主張額一〇〇〇万円、控訴人B及び同 Cの主張額各五〇万円)。

(4)まとめ
ア 控訴人Aの損害額合計 一億〇六二四万四九六九円
イ 控訴人B及び同Cの損害額合計 各三三〇万円

九 各要因の寄与度(争点(6))について

(1)被控訴人は、控訴人Aの症状の背景には、もともと控訴人Cの全前置胎盤があり、帝王切開による後遺症発現の確率は低く、PVLの原因、治療は現代医学でも解明されておらず被控訴人病院の医療行為との因果関係も明確ではない等の「控訴人側に内在する要因」、「外部的な不可抗力的要因」の寄与度を適切に判断すべきであると主張する。その趣旨は、控訴人らの損害額の認定について、いわゆる素因減額ないしは不可抗力的要因の寄与を考慮した減額を行うべきであるとの主張であると解される。
 控訴人らは、これを時機に後れた攻撃防御方法であると主張し、内容を争う。
 確かに、被控訴人の上記主張は、控訴審の最終段階においてなされたもので時機に後れてはいるが、その内容に照らし新たな証拠調べを要するものではなく、訴訟の完結を遅延させるとは認められないから、以下これについても判断する。

(2)確かに、本件帝王切開術が必要になったのは、もともと控訴人Cが前置胎盤であったからであり、そのことが被控訴人病院の前示のような過失行為と競合して控訴人Aの損害をもたらした関係にあるとはいえなくはない。そして、前置胎盤はいわゆる素因減額が問題とされる場合の「疾患」といえよう。しかし、控訴人B及び Cは、まさにその疾患を前提として安全に控訴人Aを出産するためにこそ被控訴人病院と診療契約を締結して入院し、医療措置を受けていたのである。そして、現代の医療水準においては、仮に全前置胎盤の場合であっても、通常は、適切な管理のもとに行われる帝王切開術によって、母子共に安全に出産することができるのである。本件は、突然の大出血によって緊急手術を要した事例などではなく、まさに、産婦人科医による安易な帝王切開時期の選択と、予測された危険に対する万全の予防措置を怠った小児科医の懈怠とが相俟って生じた医療事故である。このような場合に、患者側の有した原疾患を、いわゆる素因減額の要素として損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することは相当でない。
 他に、「控訴人側に内在する要因」の損害発生ないし拡大への寄与を認めることはできないし、「外部的、不可抗力的要因」の介在を認めることもできない。
 また、PVLの原因、治療一般が未だ十分解明されていないとしても、本件においては、前述したように医療行為との間に具体的な因果関係が推認されるのであるから、被控訴人の主張はこの点では前提を欠く。

(3)したがって、被控訴人の上記主張は、いずれも採用できない。

一〇 消滅時効(争点(7))について

 民法七二四条の消滅時効の起算点である被害者又はその法定代理人が「損害及び加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当である(最高裁昭和四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三七四頁参照)。前示のとおり、控訴人B及び同 Cは、同一郎について、平成四年一一月一八日の四か月検診の際に、被控訴人病院で発達の遅れを指摘され、その後、遅くとも平成六年七月七日までには、脳性麻痺と診断されているから、同日までには損害の発生を知ったものと認められる。しかし、控訴人らが、被控訴人病院の措置の過失を疑い、その検討を始めたのは、平成七年九月二二日になされた証拠保全により、被控訴人病院のカルテ等を入手してからである(カルテ等がない状態で、医療行為の適否を的確に判断することはできない。)。そうすると、被控訴人に対し損害賠償請求が可能であると知るに至った時期は、早くとも平成七年九月二二日から相当な検討期間を経過した時と認められる。控訴人らが本件訴えを提起したのは、平成一〇年二月二六日であって、証拠保全がなされた時点から三年経過前である。
 よって、本件訴えの提起により消滅時効は中断したものというべきであって,被控訴人の消滅時効の抗弁は理由がない。

第四 結語

 以上の次第で、控訴人らの本件各請求は、控訴人Aについては損害賠償金元金一億〇六二四万四九六九円、控訴人B及び同Cについては損害賠償金元金各三三〇万円、並びこれらに対する不法行為の時である平成四年七月四日からいずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。 
 なお、債務不履行を理由とする損害賠償請求(予備的請求)については、賠償を求めることができる損害額は主位的請求におけるそれと変わりはない(遅延損害金の起算日が不法行為時より後の平成九年二月八日となるだけである)から、主位的請求の認容額を超える部分の予備的請求も理由がない。
 よって、以上と結論を異にする原判決は不当であるから、これを変更して、主文のとおり判決する。なお、担保を条件とする仮執行免脱宣言の申立ては、その必要性が認められない。

(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 富川照雄 下野恭裕)


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