東京地裁医療集中部の高額勝訴事例~1~

(卵巣腫瘍摘出尿管損傷訴訟)

  事件番号 終局 司法過誤度

資料

法的 医学的
一審東京地裁 平成19年(ワ)第30980号 判決平成21年12月2日
(確定)
妥当  

 私は主に東京地裁医療集中部で傍聴していますが、大変丁寧な審理をされるため、他所の医療訴訟判決に見られるような"過酷な過失認定"、"ドンブリ因果関係認定"にお目にかかることはまずありません。そのような状況ですから、東京地裁医療集中部での医療訴訟で高額の判決が出ると、ちょっと驚きを持つものです。そのような例をいくつか紹介していきたいと思います。

 まずは、民事第35部(浜秀樹裁判長)で聞いた判決です。「7119万3541円支払え」の声に、心穏やかではいられませんでした。どんな内容か気になりますので、こんな時は記録閲覧をします。

 事件は、骨盤癒着のある卵巣癌に対する卵巣子宮摘出術で、術中に尿管損傷を起こし、後日に尿管回腸吻合を施行したものの尿路閉塞を来たし、最終的に腎瘻になったということのようです。腎瘻とは尿を腎臓から直接外に出す通路で、それは生活のクオリティを大きく落とすものであることが想像されます。そしてさらに確認したところ、高額賠償になったことはある意味当然であったことが分かりました。なぜならば、病院側が過失を認め、かつ因果関係も大筋で認めていたからです。裁判で争われたのは後遺障害等級と損害額だけだったのでした。被告代理人はしばしば医療訴訟で見かける弁護士さんですが,私の印象では、比較的寛容に医療者側の過失を認める(医療者側に過失を認めさせる)タイプの弁護士です。これが他の病院であれば、過失の有無を争っていたかも知れないと思いました。というのは、甲A第2号証として提出された、医師から患者へのお詫び文に以下のような一節があったからです。

尿管は子宮のすぐ横を走行し膀胱に入る為,子宮筋腫等良性腫瘍でも損傷することがあり,それだけに常に気を付けておりましたが,A様の場合,卵巣がんで骨盤に癌性癒着があった為,腫瘍を切除することに夢中になり,その時に尿管を損傷したものと考えており深くお詫び申し上げます。

 結果が悪かったことについて道義的にお詫びするのは悪くないとしても、良性腫瘍の切除でも尿管損傷をきたす可能性があることが最初からわかっているのですから、それよりも難しい癒着のある悪性腫瘍の手術で尿管損傷を起こしたことが、法的過失にあたるとは考えにくいと思われます。いわば、サッカーでPKを外したことに対して法的過失を認めるようなもので、このような過失の認め方は誤りであると考えます。手術の合併症についての責任判断の考察はこちらをご覧ください。

 浜裁判長もこの書証を見て、「これで過失を争わないでいいのだろうか」と思いながら審理を進めたのではなかろうか、と想像します。しかし双方に争いがない事実を裁判官が曲げることはできませんから、このような判決になったことは当然であり、司法的な問題はないと思います。

 ちなみに判決では、休業期間1596日であるところを、誤って1569日として計算されており、後日に裁判所から更正決定が出されて訂正されていました。判決を書いた裁判官を責めるつもりは全くありませんが、医療行為ではどんな緊急処置であっても、投薬量などの計算ミスで健康被害を発生させれば、当然に賠償責任を負うことになることを考えると、その点は医療関係者のほうが"責任重大"です。


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