令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
富山医科薬科大学MRSA腸炎訴訟
事件番号 | 終局 | 司法過誤度 | 資料 | |
一審富山地裁 | 平成18年(ワ)第447号 | 判決平成23年3月30日 | B | 判決概要 |
二審名古屋高裁 金沢支部 |
平成23年(ネ)第125号 | 判決平成24年4月18日 | B | 判決概要 |
最高裁 第二小法廷 |
平成24年(オ)第1357号 平成24年(受)第1675号 |
上告中 |
谷直樹弁護士のブログでマスコミ報道が紹介された事例です。当時20歳の女性が、大腸全摘手術の後にMRSA腸炎による敗血症性ショックで亡くなられたということでした。まずは患者さんのご冥福をお祈りします。
この事件では、病院が医療事故調査委員会を設置し調査した結果、「明らかな医療過誤があったとは判断できない」と判断したそうです。ところがこの裁判では、その判断に反して、病院の過失が認められました。裁判所がどのような理由で、病院の医療事故調査委員会の調査結果に反して病院の過失を認めたのかが、非常に気になるところです。
大腸全摘手術に至った元々の原因は、潰瘍性大腸炎でした。これは病気なので病院に責任はありません。大腸全摘手術を受けたのち、傷口がなかなか閉じなかったり、腸閉塞を発症するなどで術後経過管理に難渋したようです。体温、便量、白血球数、体で起きている炎症の程度を示すCRPという血液検査の結果が、悪化と軽快を繰り返しました。細菌感染の有無の確認のために、血液培養検査、便培養検査なども時折行われましたが、MRSA(グラム陽性球菌の一種で、多くの抗生物質が効かない)は、亡くなる4日前の便培養検査まで検出されていませんでした。しかし他の細菌による感染に対して抗生剤がたびたび投与され、投与された抗生剤の中には、MRSAにも効果があるバンコマイシンも含まれていました。そうこうするうち状態が悪化し、大腸全摘手術の75日後に敗血症で亡くなられたのでした。
この裁判のポイントは、死亡の4日前に採取された便培養検査でMRSAが検出されたことが、死後になって判明したことでした。このことから、死亡直前にはMRSA腸炎にかかっていたはずなのに、バンコマイシンを投与されなかったために死亡したとして、遺族が病院の過失を訴えたのでした。控訴審で遺族側は、死亡の8日前から症状が悪化していたことから、死亡の4日前には、便培養検査だけでなく便を顕微鏡で直接確認する「グラム染色検査」をしていれば、グラム陽性球菌を検出することができたはずだと主張しました。そうすればMRSA感染を強く疑うことになるため、バンコマイシンが投与されて死亡を回避できたと主張し、それが認定されました。
しかしながら被告側の主張によれば、(1)死亡の8日前から悪化した症状については、それより以前のMRSAに感染していない時期にも同様の症状が見られていたし、(2)死亡の9日前以前に繰り返された便培養検査では一貫してMRSAは検出されずに、MRSA以外のグラム陽性球菌が検出され続けていたのだから、いまさら便のグラム染色検査をしてグラム陽性球菌が検出されても、それがMRSAなのか他のグラム陽性球菌なのかを区別できるわけでもなく、したがってMRSA腸炎を疑わせるものにはならないというのです。この主張に対して裁判所は、(1)については、以前に同様の症状が出ていたからといって、死亡前の症状がMRSA腸炎と無関係のものとはいえないし、(2)については、MRSA腸炎が疑われる状況で便からグラム陽性球菌が検出された場合には、直ちにバンコマイシンを投与するべきだという文献に基いて、過失を認定しました。
なるほど確かに控訴審判決の言うとおり、以前に同様の症状があったとしても、今回がMRSAでないとは限らないし、MRSA腸炎が疑われる状況であれば、直ちにバンコマイシンを投与せよと文献には書いてあります。しかしながら、控訴審判決には大きな穴があります。それは、判決文で引用されている複数の医学文献に、MRSA腸炎は術後早期に発症することが特徴である旨が書かれているにもかかわらず、「術後52日と忘れた頃に発症することもある。」と書かれている文献を一つ引用し(消化器外科周術期感染症. 1998年2月)、術後早期でないからと言って、MRSA腸炎を疑わない理由にはならないと言わんばかりの判示をしていることです。
控訴審の弁論の中で病院側は、「MRSA腸炎は、術後早期に頻脈を伴う突然の発熱と大量の水様性下痢で発症するのが特徴なのであって、70日以上も経過している本症例には当てはまらない」との旨を、文献を示しつつ主張していましたが、控訴審判決文の病院側からの主張要約には、そのことが書かれていません。判決文は、他の部分についても、病院側の責任を認めるために相当な無理を通して有責を導いている印象で、医療者から見ると非常に気持ち悪い判決と感じられました。
この高裁判決に対して大学側が上告および上告受理の申立てをしました。上告受理申立て理由書では、控訴審でも主張したのに判決文で無視された内容、すなわち「MRSA腸炎の特徴は、術後3~7日頃の突然の発熱とその後の下痢による発症であり、医学文献でグラム染色検査が推奨されているのは、術後早期にそのような症状を発症した場合のことである。また、術後70日も経ち、途中でMRSA以外のグラム陽性球菌が何度も検出されているのであるから、その時点でグラム染色検査をしてグラム陽性球菌が検出されたからといって、それがMRSAであるとは推定できない」との旨を主張しています。そもそも、外科や感染症の専門医に言わせると、手術後70日でグラム染色のことを云々というのがナンセンスで頓珍漢ということのようです。果たして最高裁に、医療界では当然と考えられるこの主張が響くのかどうか、注目したいと思います。
ちなみに、院内の医療事故調査委員会報告が無視されたのは、公正さを前面に押し出すために、担当医などを調査委員会から外し、非専門家が調査をしたために、結果として的を射ない報告になっていたためということのようでした。
一審の判決概要はこちらを、控訴審の判決概要はこちらをご覧ください。
平成24年12月27日記す。