令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
関東中央病院PTSD訴訟・一審判決文一部抜粋要旨
(事件概要はこちら,尋問記録抜粋等はこちら,高裁判決文はこちら)
争点(1) 平成16年1月9日,平成16年1月30日のA医師の診療が過失・違法行為に当たるか。(概略)
(原告の主張)
ア PTSDの可能性を見逃した。
A医師の診察を受ける前の時点において,原告がPTSDであったことは明らかである。
イ PTSDの可能性を認識できなかった。
ウ 原告はBPDではない。
エ A医師の診療行為の違法性
(被告の主張)
ア 非難されるところはない。
患者が不快を感じたまたは気に入らないという理由で医師の対応が違法と評価されるのであれば,精神化領域での医療を行うことはできないし,精神科の医師が患者を腫れ物に触れるように扱わねばならない義務はない。
イ 原告はPTSDではない。
原告は,外傷体験がX県での経験であると主張するけれども,診断基準Cによると,PTSDであれば,外傷と関連した思考,感情,又は会話を回避しようとする努力など回避行動をとるはずであるにもかかわらず,X県での体験を語るなど,原告は回避行動をとっていない。
また,被告病院受診前に原告にPTSDに該当する症状があったとは認められない。原告は,何度もフラッシュバックを繰り返している旨主張するけれども,何をもってPTSDの症状としてのフラッシュバックとしているのか不明である。また,被告病院やその受診前の(Y市立病院診療時等)原告がフラッシュバックを起こしたことはないし,パニック症状を示したということもない。一般に精神医学においてパニックとは,これといった誘引もなく突如として,動悸,息切れ,めまい,ふらつき,窒息感,吐き気,ふるえ,発汗,しびれ,紅潮,胸部圧迫感,そして死の不安,発狂不安,何かしでかす不安に襲われることであり,これは単なる情緒不安定とは異なる概念であり,PTSDの再体験症状のパニックもこの意味である。原告に生じた症状は,情緒不安定というべきものであり,パニックとは異なる。
以上のことから,原告がPTSDであったということはできない。
ウ 原告はBPDである。
エ A医師の診療行為に問題はない。
争点(2)(障害の結果および因果関係の有無)について
(原告の主張)
ア 前記(1)の原告の主張の通り,A医師の診察時点において,原告はPTSDであったところ,A医師の違法な診療行為を受けた。このA医師の違法な診療行為が再外傷体験となって,それ以降原告は精神的に傷害され,精神科での長期治療が必要となった。すなわち,A医師の診療を受ける前の原告の状態は,頭痛,不眠,いらいら,集中力の低下などはあったものの,PTSDの症状であるフラッシュバックが起きないようにコントロールできていた。しかしながら,A医師の診療を受けた後,その診療行為を含む過去の外傷体験がフラッシュバックとして再体験されるようになり,PTSDの症状が全て発現するようになった。つまり,A医師の診療行為自体は,PTSDの診断基準Aにいうところの外傷体験には該当しないが,過去に外傷体験を経験していた原告にとって本来の外傷体験と同じ作用をもたらす外傷体験(A医師の診療行為)を受けたため(再外傷体験),PTSDの症状が再現してしまったのである。
イ また,本件の場合には,PTSDは遠い過去のことであり,PTSDについて厳密に認定しようとすれば,外傷体験の認定のみならず,それを原因とする諸症状があったかどうかも厳密に認定される必要があり,それを認定することは不可能を強いるものである。したがって,本件のような場合には,PTSDの認定は緩和して行うべきである。本件において重要なことは,診断名がPTSDであるか否かということではなく,被害者である原告の被害に見合う賠償がなされるべきであり,PTSDとは認定できない場合であっても,A医師の違法な診療行為により原告が精神的に傷害された以上,原告の主張は認められなければならない。
(被告の主張)
ア 原告は,PTSDの再外傷体験(リトラウマタイズ)を受け,精神的障害を被ったと主張するけれども,PTSDのリトラウマタイズという概念自体が,G医師が自認するように一般的なものではない。原告は,前記(1)の被告の主張の通り,独自の見解により,原告がPTSDであると主張し,独自の見解により,A医師の対応をPTSDのリトラウマタイズと呼んで非難しているのであり,客観性を欠くものである。
イ 原告は,傷つけられたことが問題であると主張しているけれども,その意味が明らかではない。対人関係において気に入らないことがあれば傷つけられたことになるというのであれば,そのことが損害賠償請求権を発生させるものということはできない。対人関係において,傷つけられたと感じることは日常的に存在するのであり,そのような主観のみに依存するあいまいなもの又は個人の感じ方をそれ自体として法的保護に値するものとはいえない。
当裁判所の判断
3 争点(1)について
(1) 原告のBPDの判断基準
(中略)
また,原告は,F医師の判断に妥当性がない旨主張するけれども,以下の通り,F医師の判断が誤りであったということはできない。
(ア) 前記ア(ア)aのF医師の意見に対して,本件で診療報酬に「意見を言う」行為は,診療報酬が不当であったために原告が行った正当な行為であり,被害的であるとか好戦的であるなどと評価されるものではない旨主張する。
しかしながら,前記1(2)イのとおり,現実に返金がされたことは認められるけれども,L医師が「トラブルになるから」と述べて,自ら受付に電話をかけて返金に至ったことからすれば,L医師は,本来請求し得るけれども,トラブルとなるのが面倒だから,返金処理をしたことがうかがわれるところ,X県の病院で抑うつ神経症と言われたこと,ストーカーのようなものがあったこと,突発性難聴になったこと,ビールを飲んだ上にデパスを通常の2倍の量服用して入院したこと,X県から東京に戻ったことなど被告病院受診前の経緯のみならず,睡眠状況や,食欲などの原告の現状についても,原告から聴取したL医師の初診面接の内容(前記1(2)ア)を見れば,かかるやりとりが,原告の述べるように10分程度でなされたとは,にわかに考えがたく,被告病院の初診時の診療時間が30分以上であった可能性も十分にあり得るというべきである。
(中略)
(3) 問診義務違反及びPTSDの可能性を見逃した過誤の有無について
原告は,A医師の診療を受けた時点において,原告は,PTSDであって,A医師は,X県でのストーカー事件について知っていたから,PTSDの可能性を認識し,それを念頭において問診等をすべきであるのに,これを怠り,また,PTSDの可能性を見逃した過誤があるなどと主張する。
ア しかしながら,乙B4の1(F医師の意見書)では,X県のストーカー事件は,PTSDの外傷体験に当たり得るとしながらも,X県の事件のことを繰り返し話していること,友人と旅行に行ったり,家族と交流があることなどから,前記2(2)アのDSM-IV-TRのPTSDの診断基準のC項目は満たさないとされている。
また,A医師も,原告がPTSDであるという診断を否定している(乙A5)
さらに,A医師は,PTSDならばフラッシュバックや過覚せいがある旨証言し,G医師も,PTSDの根拠として,外傷事実とそれに対するフラッシュバックがあることがPTSDの根拠である旨証言しているところ,前記1(1)ないし(4)のとおり,Y市立病院や被告病院において,原告がフラッシュバックの症状を呈していたという事実は認められない。
このように,F医師及びA医師は,原告はPTSDではないと判断していることなどに加え,G医師は,原告はPTSDであるとしながらも,DSM-IV-TRの基準によればPTSDであるとはいえない旨証言していることからすれば,A医師を受診した当時原告がPTSDであったということはできない。そして,原告が当時PTSDであったといえない以上,A医師には,原告がPTSDである可能性を見逃した過誤があるということはできない。
(中略)
原告は,患者に希望や安らぎを与える場所であるなど何らかの希望を持たせてくれる場所であると思い,被告病院精神神経科を受診したことがうかがわれ,(甲A6,原告本人),そのような思いで受診した原告にとってA医師の対応が原告の期待に沿うものでなかったとして不満を訴えるものであることは理解できるけれども,A医師の判断及び対応が医療水準を逸脱したも のであったということはできず,平成16年1月9日及び同月30日のA医師の原告に対する行為が,過失ないし違法行為に当たるということはできない。