令和4年3月11日: 東日本大震災トリアージ訴訟を掲載
青森里帰り妊婦OHSS訴訟控訴審判決文抜粋
控訴人・付帯被控訴人 青森市
代理人 渡邉俊太郎
復代理人 墨岡亮,桑原博道
被控訴人・付帯控訴人 B,C,同法定代理人親権者父 B
代理人 間部俊明
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 本件附帯控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟の総費用は,被控訴人らの負担とする。
付帯控訴の趣旨
各3398万3610円
(21頁)
平成6年の本件当時,OHSSによる肺水腫発祥の症例報告はなく,OHSSがひいては肺血管透過性亢進を引き起こすことを想定しその治療法について研究報告した例は文献上見当たらない。
(64頁)
第5 当裁判所の判断(特に断らない限り時点は平成6年度である。)
4(80頁の下から10行目)
ところが,前期認定によれば,Aは,D医師から少なくともhCG製剤投与後は安静にしておくよう,青森に帰省などしないよう指示されていたにもかかわらず,これに従わず,同時点における自身の状態(後記のとおり既にOHSSの初期発症をみていたものと推認される。)について同医師の診断を受けることもないまま,健常人であっても疲れを感じるであろう,幼児(2歳6ヶ月)を連れた長時間・長距離の旅行を敢行したのであり,これが前期hMG−hCGの排卵誘発療法を受けていたAの卵巣刺激に一層の悪影響を及ぼさなかったとは到底考えられない。前期認定によればAは4月25日に青森に着いたころから腹部膨満感を覚えていたというのであるから,D医師の指示どおり同日午後
K病院で同医師の診察を受けていれば,卵巣腫大等の確認によりOHSSの発症が診断され,青森旅行の中止に加え入院による安静を指示されたのは必至であったと推認される。その上Aは,上記の不具合を覚えながら,青森に着いた4月25日に直ちに産婦人科等を受診することなく,車いすに乗らなければ移動できないほどに悪化した5月3日まで症状を放置していた。このように,AがD医師の指示を無視してその紹介状も持たずに青森に帰省したため,これまでAを診察したことのない本件病院婦人科では,同人と診療契約を締結し入院措置をとった時点で同人がそれまでいかなる治療を受けていたのか,これまでのOHSSの発症の有無や程度といった,以後本件病院婦人科がAのOHSSの治療を行うに当たって有用となる情報がないままに(その後D医師からの5月16日付紹介状を受け取っているが,その内容は大まかな治療経緯を記すにとどまるものであって,それをもって本件病院が治療を行う場合に有用となる詳細な情報の提供があったということは困難である。),重症のOHSS患者であるAの治療の開始を余儀なくされたのである。
このような事情を踏まえれば,AのOHSSの症状の悪化や,通常はおそらく起こることのない最悪の事態であるその死亡を招いたことの大きな原因として,これまで何度も青森に帰省しその際特段問題が生じなかったことやOHSSが発症してもD医師の指示の下入院すれば退院できたことからOHSSの発症とその予後を軽視してしまった,上記のようなAの行動が影響している疑いを無視することはできないというべきである。
医療行為の成否は医療機関の判断と技量のみにかかわるのではなく,患者の協力いかんが大きく影響する現実を看過することはできない。本件では,そもそもAの青森旅行の敢行はK病院との診療契約において患者として健康に第二子を出産するという同契約の目的実現のために負う重要な協力義務に違反するものである。そして,その結果,Aは重症のOHSS患者となった状態で本件病院に来院し,その治療を受けることになったのであるが,既にその症状は進行しており,自律性を失い卵胞の成熟活動を停止させるための調整機構も働かなくなってしまっていた同人の卵巣は,併せてその過程で卵巣内外の毛細血管の透過性を亢進させていくばかりでこれを治めることもできなくなっていたと見るのが相当であり,かかる症状に対する根源的治療方法のない中で,本件病院の医師達の医療行為は当時の医療水準に従ったものであり,少なくとも臨床の現場に立つ医師にゆだねられた裁量を逸脱し濫用にわたるものとは認め難いのであるから,同人らの医療行為に違法を見いだすことは困難というべきである。
5 以上の次第であるから,本件においてE医師らに,不適切なアルブミン製剤の大量投与,容態観察義務違反,救命医療義務違反などの善管注意義務違反を認めることはできない。また,回顧的にみればE医師らのした治療行為に異論を述べる向きがあるとしても,上記の検討の結果を踏まえてみれば,本件病院に求められる医療水準に照らし,E医師らの治療行為が担当医師にゆだねられた裁量を逸脱し濫用にわたるなどということはできない。
したがって,E医師らの治療行為にAとの診療契約上の債務不履行があるとはいえず,その余の点を検討するまでもなく,被控訴人らの請求はいずれも理由がないというほかない。
第6 結論
よって,被控訴人らの請求を一部認容した原判決を取消し,同部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却し,被控訴人らの附帯控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第15民事部
裁判長裁判官 藤村啓
裁判官 坂本宗一
裁判官 大濵寿美